風が吹き抜ける
試合当日。
みんながなかなか落ち着けずにいる中、メンバー表の交換に行っていた竜也が帰って来た。
「俺たちが相手をするのは2軍じゃない。1軍だ!」
シン、と静まり返る。初戦で、無名校相手に1軍を出してくるとは、桐原監督、何か思う所があるのだろうか。
「・・・よっしゃああ!!」
静寂の中で将の叫び声が響く。突然の叫びに驚いて、みんなして将を見た。将の顔は、輝いていた。
「こんなチャンス、めったにないよ。ぼく・・・走って来る!」
バタン、と控室のドアが閉まる。と、次々に俺もと走りに行き、3人だけが残った。
「竜也とシゲ(おまえら)は?」
「試合前から疲れる事はせぇへん」
シゲがごろりとベンチに寝転んだ。
「俺はこいつで集中」
竜也はヘッドホンを取り出して耳にする。俺もバッグから本を取りだしてページをめくった。
フィールドに出る時間となった。俺の前に、小さな9番の背中がある。俺はこの小さな9番にどれだけ魅せられるのだろうか。楽しみで今から笑みが浮かんでくる。
「何笑っとんのや?」
「楽しみだと思ってさ」
「同感や」
フィールドに上がった瞬間、眩い光と、風が吹き抜けた。
武蔵森のキックオフで試合は始まった。フルタイム出られない俺はベンチで待機となる。
開始早々、武蔵森はボールを下げ始めた。チャンスだと思ってみんなが上がり始める。まるで、誘い込まれるかのように。
「まずい!黒い津波(タイダルウェーブ)だ!!」
カウンターで一気に攻め込まれ、DFが対処しきれない。パスがゴール前で辰巳に上がり、シゲが飛びつく。が、辰巳は囮だった。横パスで誠二に通り、ゴールネットが揺れた。開始後たったの2分。あっという間に1点とられてしまった。実力は雲泥の差。だが、このままやられるわけにもいかないからな・・・!?
そして、開始10分。武蔵森に2点目が入った。これ以上は危険だ。これ以上離されると本当に追いつけないくなる。入りたい、今すぐに。俺が入れば、少しは、変わるかもしれない。だが今入っても途中で抜けることになってしまう。無意識に拳を握りしめていた。まだその時じゃない。今はみんなを信じて、時を待つしかないんだ。
DFとGKの連携が上手くいかず、3点目が入れられると、誰もが思った。誰もが一瞬、諦めた。ただ一人を、除いては。
前線にいるはずのFWの将が、ヘッドでシュートをクリアした。
「フォーメーションなんか関係ない!今は全員で守って全員で攻撃するんだ!!」
みんなの士気が高まる。次はコーナーキックからだ。ここを守り抜け。絶対に!
コーナーキックは三上。それぞれマンマークし、守っていく。当然のようにシュートを打たれるが、将が次々に防いで行った。
「将には来る場所(パターン)がわかってるのか・・・?」
元武蔵森の知識だろうか。全員が身体を張って守っていき、ついに、ボールがシゲの手の内におさまった。今度はこちらの番だ。
「桜上水(俺たち)の力を見せてやれ!!」
シゲが、みんなが上がる時間を稼ぐ為に高く高く蹴り上げる。武蔵森13番大森がスカったボールを竜也が上手くトラップした。次のテを、と竜也が周囲を見るが、竜也にはやっかいなやつがくっついてしまった。
「間宮か・・・」
間宮はしつこくねちっこくマークしてくる2年MFだ。そのしつこさから、マムシと呼ばれているらしい。桐原監督の采配は的を射ている。竜也は確実に桜上水の核だ。竜也が潰れれば終わりだと思っている。さすがの竜也も間宮相手では一筋縄ではいかないようで、相手をしているうちにマークが3人に増えてしまった。突破は無理だと判断した竜也は、一旦高井にボールを戻す。しかし武蔵森のチェックははやく、素早くボールに向かって行った。高井はあっというまにライン際に追い詰められ、森長へパス、さらに野呂へ、そして、シゲまで戻ってしまった。
「何やってるんだ、あいつらは!!」
せっかく必死に守って前線へ上げたボールは、あっけなくスタート地点に。
「俺がいたら・・・」
こんなことにはならないのに。右膝の上の拳を握りしめると、少し掌が痛んだ。
なんとかボールは再び竜也に戻ったが、そこから先に進めない。先陣を切っていく竜也と将の2人にマークがついて動けなくなってしまっている。ふと、2人の視線が交差した気がした。そして風が、2人の間を吹き抜けた。
将が走りだし、竜也がマークを振って振り向きざまにパスを出す。誰もいないと思われたその場所に、将の姿が現れた。
「アイコンタクト・・・!」
風が味方してくれた。笑みがこぼれる。
「行けー!!将!!」
GKとの1対1。渋沢はすかさず将の正面に来てシュートコースを塞いだ。無理だと悟った将は、竜也にパスを出す。竜也は今フリーだ。決められる。だが、後ろからスライディングで間宮にこかされ、シュートを止められてしまった。間宮の行為はファールになったが、エリア外だからPKではなくフリーキックだ。武蔵森の高い壁の中に、低い壁は将のたった1枚だけ。将を狙って打つにしても、ただ打ったのでは渋沢に止められてしまうだろう。
「・・・どうする、竜也」
狙うならやはり、武蔵森の壁より将だ。ふ、と、竜也のまとう空気がかわった気がした。竜也が助走をつけてボールを蹴る。ボールの弾道は、低い。これでは壁にぶつかってしまう。だが。
「・・・っ!」
将の行動に、思わず立ち上がる。普通はジャンプするフリーキックの壁が、後ろに倒れ込んだ。打ち合わせもせず、アイコンタクトだけで、やってみせた。
「・・・正直、妬けるな」
「え、なに?くん」
「なんでも」
ぼそりと呟いた事はありがたいことに夕子ちゃんにはよくきこえていなかったようだ。
この2人、出逢ってまだ間もないというのに、こんなに心を合わせていたのかと思うと、妬けるというか、自分が情けなくなるというか、複雑な思いに駆られる。だが、そんなことをいつまでも思ってはいられない。
シュートは確かに壁の向こうに行ったが、渋沢には止められてしまっていた。後半からは俺も出られる。2点、いや、3点だ。1点も入れられず、3点とらなければ、負けるんだ。今は目の前の敵に集中しなければ。
Created by DreamEditor