春が始まる
春の相対地区予選の抽選をしに武蔵森へ・・・なぜか俺も来ている。竜也と夕子ちゃんは抽選へ、将は久しぶりだから、と駆けて行った。俺も何気なく歩いていたが、やはり来る所はグラウンド。見知った顔を探していると、それよりも近いやつが目に入った。
「・・・将?」
なぜか将と、武蔵森のGKにしてキャプテン、守護神と呼ばれる渋沢が対峙していた。どうやらフリーキックの練習のようだ。将が狙ったのは右の隅。ボールは素直に右へ飛び、一瞬落ちた。渋沢がギリギリパンチングで弾いた所に、人影が飛び込む。
「うわ・・・」
ボールは確かにまだ生きていた。が、突っ込んでぶつかってお互い怪我でもしたらどうする気だったんだ。
「やれやれ」
慌てて謝って駆けて行った将の背を見送り、フィールドへと足を踏み入れた。
「あっ、!」
2年エース、藤代誠二が俺を見つけて駆け寄ってくる。
「邪魔するよ、渋沢」
「あぁ。、確か桜上水だったな」
渋沢の言葉に、にやりと口元を歪める。
「面白いだろ、あいつ」
「あぁ・・・とんでもないものを手放した気分だ」
あの一発で将の良さを見抜いたのか。さすがは渋沢だ。
「キャプテン!とコンビ組みたいっス!」
「藤代・・・やる前提で話を進めるな」
「いいぜ」
コキ、と首を鳴らしてみせる。ここまで来て何も言われないのは、俺がたまに・・・ごくたまに・・・おそらくたまに、こうして武蔵森に来ているからである。もちろん、監督やコーチがいないのを見計らってだ。
「DFに笠井、大森、根岸が入ってくれ」
「お、さすがわかってるな。よろしくタク!」
「負けないよ」
ちょっとしたミニゲームの開始。
ボールは誠二からスタートし、一気に突っ込んでいく。マークは誠二に二人、俺にタク。このパターンは何度か練習した。アイコンタクトでタイミングを計り、誠二が真上にボールを蹴り上げ、そのまま走り抜ける。DFたちより先にボールの下へ入り、体勢を整える。ゴールを背にして、俺は立った。まだだ・・・もう少し・・・今だ!オーバーヘッドでゴールの右を狙った。渋沢は勘で動いたらしく、右へと手を伸ばした。しかし、ガンッという音を立てて、ボールはゴールポストによって跳ね上がる。そこへ、誠二が入り込んだ。ゴールネットがボールで揺れる。
「やったー!久々なのにできたー!」
誠二が駆け寄って抱きついてくる。
「感覚は覚えていた様だな・・・離れろ誠二、暑苦しい」
「えー!!」
べりっと引き剥がすと、苦笑を浮かべた渋沢が寄って来た。
「オーバーヘッドでゴールポストを狙うとはな。さすがはだ」
「守護神にそう言われると嬉しいな」
へへっと笑い、ふと時計を目にする。あ、やばい。
「そろそろ行かないと」
「えーっ!もう!?」
「悪いな」
「、俺との1対1は」
「また今度!」
手を振って背を向け、俺はフィールドを後にした。次に会うのは試合会場だ。
校門に行くと、すでに三人そろっていた。
「遅いわよくん!帰って早く練習するんだから!!」
「いやに気合入ってるな・・・どこ引いたんだ?夕子ちゃん」
「武蔵森」
「・・・まじか」
それにしてもこの気合い。何か嫌味でも言われたんだろうか。
「で、お前はどこ行ってたんだ?」
「遊んできた」
「は?」
間の抜けた声を出す竜也に笑ってやる。
「渋沢と、誠二と遊んできた」
「・・・お前な」
呆れの溜息をつかれる理由がわからない。ともあれ俺達は、気合十二分な夕子ちゃんに引き連れられ、学校へ戻った。
残り2週間。ポジション練習を詰めていくことになった。
DF・花沢、古賀、野呂、田中
MF・竜也、五味、森長、外山
FW・将、高井
GK・シゲ
シゲは自分がFWじゃないことに文句を言っていたが、竜也に上手く言いくるめられた。事実、今の桜上水にはシゲ以外にGKができるやつはいない。将はシゲとマンツーマンで練習となり、他もそれぞれ散った。
「竜也、俺は?」
「お前はMFに入ってくれ」
「MF?DFじゃなくて」
「あぁ」
「りょーかい」
となると、俺が入るとすればMFか。GK以外ならとりあえずできるから問題ない。今日から膝にサポータをつけてやる。これで少しは負担も減る。
「さて、行きますか」
俺も、フィールドへと、駆け出した。
日に日に将がボロボロになっていく。シゲのアタリは強いが、これも将のためだ。
「・・・・・あとでメンテナンスだけしとくか」
今はこっちに集中だ。俺は、あいつらを信じてる。
武蔵森戦まで後一日となった時、ついに将がシゲを抜いた。自分だからできるモノを、何か掴んだ顔をしている。
「明日が楽しみだ」
もうひと踏ん張り行くか。明日、桜上水の底力を発揮するために。
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