翔けだす
将が転校してきて一週間がたった。あいつはあれから学校には来ていない。一日中河川敷でボールを相手に走っているのだ。
俺は今日も、将の所へ行く。しばらく二人で練習していると、第三者の足音が聞こえてきた。
「少しはマシになったか。武蔵森レベルには程遠いけどな」
「水野くん!」
「竜也」
ロードワーク中だったのだろう。ジャージ姿の竜也がそこに居た。
「部活が終わると側帰ってると思ったら、こんなところに来ていたんだな、」
にっ、とわらってやる。俺はこいつに期待しているんだという意味を込めて。
「水野くん。ゲームをしてくれないか?一対一で、ドリブルして敵を抜く・・・」
「・・・いいぜ」
今の力を試そうというのか、将。将と竜也が対峙するのを、俺はただ見守った。
結果は将の惨敗だった。
「ありがとう、水野くん」
「・・・あぁ」
笑おうとしているが、悔しさに拳が震えているのがわかる。そのうち血が滲み出てきそうなほどに。
「将、今日はもう帰れ。疲れただろう」
「・・・うん、そうするよ」
「また明日な」
言うと将は、また明日、と返して背を向けて歩いて行った。
「・・・ありがとな、竜也」
将の背が見えなくなってきたところで、口を開く。
「お前に礼を言われる覚えがないんだが」
「あいつと全力で戦ってくれて。手抜いたってあいつのためにならないからな。これであいつは、まだまだ上手くなれる」
「お前、なんでそんなに風祭の事を?」
「・・・・・」
記憶が一瞬フラッシュバックする。
「あいつにはもっと、翔けて欲しいんだよ。俺の分まで」
「まさか・・・」
肯定もかねて、苦笑で返す。竜也には、三年前の事を話しているから、把握したのだろう。
「おまえ、名乗りは」
「しないさ。あいつは一切覚えていないんだ」
「・・・いいのか?つらいだけじゃないのか?」
「覚えがないのに教えられたって、将が困るだけだろ」
将の負担には、なりたくないんだ。
「」
「ん?」
「なんかあったら、ちゃんと言えよ?」
「・・・サンキュ」
ありがとう、親友。
家に帰ると、母さんが電話の子機を押し付けてきた。保留の音楽が流れている。
「誰から?」
「・・・功くん」
「!」
俺は、少し緊張気味に、保留を切った。
「・・・もしもし」
『・・・、か?』
「功兄・・・」
懐かしい。三年前とあまり変わらない声が、受話器の向こうから聞こえてくる。
『久しぶりだな・・・元気か?』
「あぁ、。元気だよ。功兄は?」
『俺も元気だよ。・・・実はさ、将からの事を聞いて、まさかと思って電話してみたんだが・・・』
「みんなには俺が桜上水に入った事言ってなかったもんな。うん、それ、俺。ちなみに同じクラス」
『そうか・・・』
功兄が少し、声を落とす。
「・・・俺も驚いたよ。武蔵森からの転入性が、将だったなんてさ」
『サッカーの強豪武蔵森に入る為に必死で勉強したけど、結局背が低いって理由でまともにサッカーさせてもらえなかったらしくてな。将、どうだ?』
「この一週間で大分マシになったよ。まだまだだけどな」
『そうか・・・サッカー部の子に負けたって聞いたけど』
「あいつは別格だからな、けどまぁ、今の将なら多分俺でも抜ける」
『、お前、足は・・・』
功兄が控えめに聞いてくる。
「普通に生活する分には何も問題はない。サッカーが、制限付き」
『そうか・・・』
「なんで功兄がそんな声するんだよ。俺が、自分でしたことだって」
『なんていうか、その』
何か続けようとする功兄をさえぎるように、言葉を発する。
「いいんだよ。俺は、これでいい。将が、俺の分まで翔けてくれる」
『・・・』
いいんだよ、功兄。俺、将とまた会えて良かった。サッカーを続けてくれていてよかった。託せる相手が出来た。
「ほら、功兄も明日仕事だろ。寝なくていいのかよ」
『あぁ、もうこんな時間か。、将を、頼むな』
「あぁ、もちろん。おやすみ、功兄」
『おやすみ』
ピ、と電話を切って一息つく。久しぶりの功兄は何も変わっていなかった。優しくて、かっこよくて、弟思いの功兄。
母さんに子機を返してさっさと風呂に入る。明日も将は練習するだろう。もっとうまくなるために。今度こそ、竜也を抜くために。
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