春が終わる




















武蔵森はどうやらこの15分間、時間稼ぎに入るらしい。ボールを持っても攻めてくることはなく、ただ中盤でパスをまわしているだけだった。それにさえ、みんな必死にくいついていく。俺は、待っていた。武蔵森がリードしているからこの戦法でも間違いではないし良策だが、おそらくあいつは納得していない。ちら、と目を向けると、やはりうずうずしていた。そして目が合い、あいつはにっと笑った。これは、来る。


「シゲ、来るぞ!」

「おう、わかっとるわ!」


ボールをカットし、こちらに駆けて来るモノクロの影。あっという間に4人抜いて、俺の前に出てくる。


「誠二・・・!」

「やっぱさ、こうじゃなきゃ楽しくないよな!」


抜かせるものか、と集中する。だが、正直俺の守備力と誠二の攻撃力では、誠二のほうが上、だ。


「ごちそうさま」

「くっ、そ・・・!!」


クライフターンを使われ、誠二は俺を摺り抜けた。さらに竜也が誠二を追いかけていったが、ドリブルをしているはずなのに、誠二は竜也を離していく。そして、ゴール前。ギリギリまで前に出て来ているシゲとDFが2人で、シュートコースは塞がれている。だがそんなものは誠二にとって壁ではなかった。誠二はシゲの顔面にシュートを放つ。手で間に合うスピードじゃない、避ければゴールネットが揺れる、そんな位置だ。それをシゲは瞬時に判断しヘディングしたが、ボールは誠二の正面に返された。なんなくトラップして、今度はループ。


「シゲ!!」


飛び込んだシゲはなんとか身体をひねり、バック転でボールにとびかかった。ループシュートで助かった、というべきか。ギリギリゴールラインを割る前に、ボールを抑えつける事に成功した。


「桜上水のシゲをなめたらあかんで!これでこのボールは俺らのもんや。覚悟せぇよ!」


これが最後だ。


「これが最後の攻撃やで。このボール、死んでもつなげや!」


野呂が、古賀が、森長が。みんなで守り、みんなで繋ぐ。ボールは高井へつながった。俺もアシストのために走る。ツキリと何かが奔った気がした。まだだ、もう少し、もう少しだけ耐えてくれ!



















高井がDFを引きつけ、将へ渡す。タクを振り切った将を止めたのは、間宮だった。無理矢理ねじ伏せた間宮はファウルをとられ、PKを獲得した。チャンスだ。


「将、竜也」




将は左足をおさえている。今ので余計に痛めたのかもしれない。


「・・・水野」


ぽつり、と将が。


「・・・頼む」

「・・・わかった」


ぽん、と将の肩をたたき、竜也がPKを蹴る為にゴール前に向かった。将に手を貸して立たせ、位置に着く。竜也を信じて、みんなを信じて。竜也の蹴ったボールはわずかにずれてゴールポストにあたってしまった。だがボールはまだ生きている。必死にボールをとりに走る。将が詰めてヘディングシュート、渋沢がパンチングで防ぐ。竜也と誠二が競り合い、だがそれもDFに防がれる。打っては防がれ、防がれては放つ。何度も、何度も。このラリーを途切れさせない。人の隙間を縫うようにシュートを打つが、これも渋沢に弾かれた。それは俺を越え、混雑地帯から外れる。ボールを追わないと。そう思って振り返り、そこに詰めていたやつに向けて笑みを浮かべる。


「シゲ!!」

「ったく、どいつもこいつも男見せおって・・・手抜きできんやないけ!」


地を這う様なミドルシュート。真っ直ぐ突き進むその先に、渋沢はすでに向かっている。軌道を変えなくては。ふ、と視界に入ったのは、ぐっと上半身を起こす将。


「いっ・・・けぇぇぇ!!!」


ボールは将の頭にあたって軌道を変え、渋沢の意表をついてゴールネットを揺らした。終了間際のゴール。これで、同点だ。もう一点・・・もう一点とらないと。シゲが、竜也が、みんなが急いで戻る。すぐに動けていないのは将と、俺。なんとか身体に鞭打って走るが、センターラインを越えた先で一瞬のうちに誠二に抜かれてしまう。動け、動け、動け!!膝に訴えかけるが、力が入らない。みんな、もう限界だった。竜也も、森長も花沢も抜かれ、誠二のシュートがゴールネットを揺らした。そして、試合終了のホイッスルが鳴り響く。きれない息のまま、スコア板と見る。




2−3



負けた。桜上水の春は、終わった。だが、これで完全に終わりじゃない。次は、夏が待っている。




















「将、お前こっちな」

「え?」


解散するとき、俺は将を引き留めた。そして竜也に目を向ける。竜也もうんと頷いた。


「頼む。絶対無茶するからな」

「あぁ」

「と、お前も無茶はするなよ」

「・・・あぁ」


あぁ見抜かれてる、と竜也に苦笑して、「行くぞ、将」と声を掛ける。戸惑いながらついてくる将と一緒に、俺はある場所へ向かった。





















スポーツ病院・・・?」

「俺の父さんがやってる病院」

「え!?」


驚く将をよそにそのまま入って行くと、将は慌てて着いて来た。


「ただいま」

「あぁ、くん、おかえり」


父さんの後輩で看護師兼トレーナーである崎本さんが出迎えてくれた。そして将を見て、「おや?」と声を漏らす。


「お友達?」

「あぁ、風祭将っていうんだけど、試合で捻挫して」

「それはいけないね。司先生に言ってくるよ」

「お願いします」


崎本さんは言って奥へ入って行った。将を手招きして受付に案内し、診察券を発行する。崎本さんに呼ばれると、将を連れて奥へ進んだ。


「こんにちは」

「こ、こんにちは」


父さんが将に声をかける。将が返すと、ほんの少しだけ眉を下げた。将には気づかれていないみたいだから、よかった。父さんに将の捻挫をみてもらって、しばらく練習はしないようにと言われる。「はい」と素直に返事をしたが、守るかあやしいところだな。


「それから

「へ?」


突然俺に振られてどきっとする。いや、ばれてない、はず。


も無茶したんだろう?とりあえず治療するから、来なさい」

「・・・はい」


今は痛くないし、見せないようにしていたのになぜばれたんだ。そう思っていると、「隠そうとしているのがわかるんだよ」と言われた。めざとい・・・。
その後将をわかるところまで送って帰って来ると、父さんが少し寂しそうな顔をしていた。


「・・・なんだよ」

「・・・ううん」


わかっている、言いたい事は。でもこれは、他でもない俺が決めたことだ。


「いいんだよ、俺は、これで」


有無は言わせやしない。俺はこのまま、将を飛ばせれば、それでいい。




















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