心を一つに
控室には悪い空気が流れている。力の差を見せつけられた気落ちと、対抗できない苛立たしさ。後者はおそらく、一人だけだが。竜也の口から直接きいたわけじゃない。それでも、把握位は出来る。さてどうしたものかとひとまず口を開こうとしたとき、俺じゃない口から声が出た。それは、高井だった。強豪の一軍相手に0−2ですんでりゃ上出来、相手の方が格上なんだから楽しめばいいと。それをきいた竜也は、激怒した。
「ヘラヘラ笑うな!」
突然の怒鳴り声に、みんなの視線が竜也に注目する。
「負けてもいいなんて思うから中途ハンパなプレーになるんだ!」
「落ち着け、竜也」
立ち上がる竜也を抑えようとするが、本人は退こうとしない。
「勝つ気が無いならハナから試合に出るな!」
「な・・・なんだこのヤロウ!!」
高井が竜也に掴みかかり、言い合いになる。乱闘にまでなったら試合どころではなくなる。俺と将、森長でなんとか抑えていた。
「勝ちたきゃ武蔵森に行けばよかったんだ!そんなに勝ちたきゃ一人でや・・・」
「武蔵森の監督は水野くんのお父さんなんだ!」
将の言葉に、辺りが静まり返る。ちら、とこちらに向く視線を感じて、ふー、と一息ついた。
「・・・ほんとだよ」
「風祭、・・・」
「ごめん、水野くん。でも、言わないと水野くんのほんとの気持ち、わかってもらえないよ。水野くんが勝ちたいのは武蔵森じゃなくて、お父さんなんだ!」
当然ながら、同様にざわめきが起こった。苗字が違う、武蔵森のスカウトを蹴ったのは・・・と。そんなざわめきを一掃したのは、今まで傍観を決め込んでいたやつだった。
「おんどれの家の事情を試合に引っ張り出してくるなんて、ガキやな、ガキ!」
シゲの言葉に竜也の顔が珍しく赤く染まる。これでどうなるか、と俺は見守るしか出来なかった。分裂するか、それとも。心配は、杞憂に終わった。みんなはわかってくれた。竜也が意地でも勝ちたい理由を。思いを。みんなで勝ちに行こうと言ってくれた。俺はこの中にいる事を嬉しく、誇りに思う。こんないい仲間の中でサッカーができるんだ。
「俺らをもっと信用してくれよ、水野」
竜也は今まで、信頼できる仲間というものがいなかったと言っていた。
「100%の力を出すつもりでがんばるから、“みんな”で勝とうぜ」
「・・・ありがとう」
だが今はもう大丈夫だ。俺が、こいつらが、お前の味方だ。お前の仲間だ。結束できた俺たちは、強い。
後半戦をどう戦いに行くか。武蔵森は追加点をとるために猛攻を仕掛けてくるだろう。それを防ぐために、俺は言った。
「後半は、俺も出る。DFで。花沢は辰巳対策で外せないから田中とかわる。いいか?」
「あぁ、頼んだ」
「いざとなればリベロになる。渋沢はそう簡単には抜けないからな。だが基本は後ろだ。FW陣はどんどん攻めていけ」
俺の言葉にFW陣がうなずく。そのとき、控室の扉が開いた。
「悩み事なら相談にのるぜ。お邪魔さん!」
入って来たのは髭に長髪の男と、将が世話になっているおでんやのおやっさん。将がおやっさんに駆け寄って行った。俺は男のほうに寄り、にっと口角をあげる。
「策でもくれるのか?左右さん」
後ろで古賀が「松下左右十!」というのがきこえた。知っているとは珍しい。「左右さんは母さんの友達なんだ」と言ってやると、感嘆の声をもらしていた。
「あぁ、やつらに対抗できる策を持ってきた。教えてやらんでもないが、どうする?」
「決まってるだろ」
きかれるまでもない。
「おねがいします」
頭を下げた俺に続いて、仲間達も「おねがいします」と受け入れた。
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