武蔵森からの転校生





















今日、この桜上水中2−Aに転校生が来るらしい。
武蔵森のサッカー部が来ると、このクラスの担任でサッカー部顧問の香取夕子先生がはしゃいでいた。名前までは聞いていない。
一軍が来るなんてことがあればこっちに直接情報が入るだろうが、無い。一軍、せいぜい二軍で無ければ興味が持てない。
俺、は、いつもの様にHRを寝て過ごそうと机に伏せた。その時、教室のドアが開かれ、夕子ちゃんが構えていたクラッカーが鳴らされた。


「Welome!SHO KAZAMATSURI!」


クラッカー音と夕子ちゃんの言葉でぱちりと目を開け、顔を上げる。


誰だって?


ショウ・カザマツリ


カザマツリ・ショウ


風祭将


確かに、あの顔は、あいつだ。だが、なぜ、こいつが、ここに。
驚きと、混乱と、戸惑いが、俺を襲う。
ソイツが気になって仕方がなくて、俺は一日中ソイツから目が離せなかった。ソイツに困難が待ち受けているとも気づかずに。














放課後、夕子ちゃんが風祭を引きずるようにして部活に来た。武蔵森のレギュラーだと夕子ちゃんが紹介するが、それは勘違いだ。
まず、風祭の身長では三軍に放り込まれるだろう。
今日の所はまず練習見学となったが、見ているだけでは身体がうずいたのだろう。転がっていたボールで、ヤツはいつの間にかリフティングを始めていた。


100...500...800...900...


「すっげー!1000いったぜ!」


誰かの大声で風祭の集中が切れてボールが落ちた。俺もリフティングは得意だが、一度も落とさずに1000回行かれると、少し自信なくすな・・・。
丁度いい区切りという事で、風祭も入れてミニゲームをすることになった。













ボロボロで、下手で、誰もが「こいつレギュラーではないのでは?」と思っているのは明白だった。


「そいつはレギュラーじゃねぇよ」


そんなよどんだ空気の中、ウチでも飛び抜けた実力の持ち主、水野竜也が言う。


「ダチがあそこにいるけど、風祭なんて名前聞いた事ないぜ」


武蔵森は三軍までできるほどに人数が多い。全員の事を把握している奴はおそらくいない。キャプテンの渋沢でさえあやしい。
竜也の言葉にあたりがざわつき始めた。すると。


「すいません!」


風祭が頭を下げた。自分からレギュラーだと言ったわけじゃない。自分は、悪くないというのに。


「ぼくは武蔵森では三軍でした。迷惑、かけました」


言いきると荷物を手にし、風祭は駆けて行った。その場には落胆の表情と、夕子ちゃんの後悔の色の表情でいっぱいだった。














夜。帰宅しているものようにジョギングをしていると、河川敷で風祭を見つけた。何度転んでも、泥だらけになっても、立ち上がり、走る。
こいつはサッカーが好きなんだ。昔から、今でも、きっとこれからも。
嫌いになることも、やめることもできない。努力し、ただ前に走るのみ。


「相手してやろうか?」


声を掛けると、風祭が動きを止めて振り向いた。


「君は・・・?」

。桜上水のサッカー部だ」

「え・・・」


戸惑いの色が見える。あんなことがあったんだから当然だろうな。


「俺はお前に上手くなってほしいだけだよ」


転がっていたボールを足で拾い上げ、リフティングを始める。


「俺さ、お前がレギュラーじゃないってわかってたんだ」

「じゃあ、なんで・・・」

「どうせ夕子ちゃんが勝手に早とちりしたんだろ。あの人得意だから」

「・・・・・」

「まぁ、勢いに負けたとはいえ、否定しなかったお前も悪い」

「・・・うん」

「だがお前がここでこうして努力して、上手くなろうとしている」


ポーンと軽く蹴って風祭の手に着地させる。


「俺は、サッカーが好きで、努力するやつが好きなんだ。1人じゃできない練習も二人ならできるだろ?見返してやろうぜ」

「・・・うん。ありがとう、くん」




嫌だ。






「え?」

って、呼んでくれ」

「・・・うん。ありがとう、くん」




努力は必ず報われる。だから沢山努力しろ。




俺の分まで、翔けろ、将。
















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