エンゲーブにさしかかるとき、漆黒の翼という盗賊をローテルロー橋のほうに追い込んだのだが、逆に橋を破壊されてしまった。本来ならさらに追うべきなのだが、優先すべきはイオンと平和条約。タルタロスはエンゲーブ付近に停め、ジェイドと、イオンとアニス、それから数人の兵士がエンゲーブへと入った。皇帝からの親書を受け取り、これからのことを話す。ケセドニアを経由していけば安全なルートをとれるが、ローテルロー橋は落ちてしまい、遠回りせざるおえない状況となっていた。
「こればかりは仕方がありませんね・・・」
「ローテルロー橋以外の最短というと、カイツールを通るルートですかねぇ」
「・・・検問所、通れますかね?」
イオンの意志とはいえ、半誘拐のようなものだ。そして自分たちはマルクト軍人。カイツール検問所を綺麗に通れるとは限らない。
「それでも、行かなければならない、ですがね」
ジェイドの言葉に頷く。とその時、村長ローズ宅のドアが乱暴に開かれた。
「ローズさん、大変だ!」
「こら!今、軍のお偉いさんが来てるんだ!おとなしくおしよ!」
「大人しくなんてしてられねぇ!食料泥棒を見つけたんだ!」
そう言って突き出されたのは、朱色の長い髪を持つ青少年だった。その少し後ろには栗色の長い髪の少女がいて、彼の付き添いかと思われる。どうやらエンゲーブでは食料盗難が続いているらしい。それもあり、彼らを漆黒の翼なのではとの声も上がった。町の青年と朱の彼が言い争っていて、埒が明かない。
「とにかくひとまず落ち着きなよ!」
「そうですよ、みなさん」
「なんだよ、あんた」
ローズに続いてジェイドが口を挟むと、朱の彼がジェイドに目を向けた。ジェイドはいつもの薄笑いを浮かべて彼を見る。
「私はマルクト帝国軍第三師団所属ジェイド・カーティス大佐です」
「同じく第三師団所属・少佐です」
「あなたは?」
ジェイドとが名乗り、朱の彼に問う。彼は渋々ながらも口を開いた。
「ルークだ。ルーク・フォン・・・」
「ルーク!」
ルークが名乗ろうとしたところを少女が遮る。そしてなにやら耳打ちをしている。彼がただの一般人でないことは今ので把握した。少女のほうはティアと名乗り、彼らはケセドニアへ行くはずだったが、辻馬車を乗り間違えてここに来たと言った。漆黒の翼と疑われている件も、ティアによって疑いは晴れた。タルタロスでやつらを追い詰めた際、そばを辻馬車が走っていたが、その辻馬車に彼らは乗り合わせていたのだという。続いては食料泥棒の件である。だがこれはルークの行動が悪かったようで簡単には晴れそうもない。
「いえ、ただの食料泥棒ではないようですよ」
「イオン様」
ローズ宅に入ってきたのはイオンだった。手に何か小さなものをつまんでいる。
「イオン様、それは?」
「これは、チーグルの毛です。すみませんが少し気になったので食料庫を調べさせていただきました」
「つまり、食料庫を漁ったのはチーグルだったと?」
「そうなりますね」
決定的な証拠により、ルークの疑いは完全に晴れた。ルークたちは解放され、町の青年たちもローズ宅から出て行った。
目的地や手はずなどの話をとりあえずまとめ、後からローズ宅にイオンを探しに駆け込んできたアニスも加え、四人はローズ宅に一泊することとなった。 だが翌日、イオンが姿を消した。昨日の様子からするにチーグルの森へ行ったのだろうが、一人で行くとは行動力があると褒めていいのか危機感が無いと責めたらいいのか。ともあれまずは。
「アニス、あなたイオン様に1人で抜けだされて、導師守護役として大丈夫?」
「それを言わないでくださいよ〜!」
イオンはふらっと単独行動することがあり、一応その度にアニスも反省はほんの少しはするらしい。目的地はわかっているのだからと、三人は急ぎチーグルの森へと向かった。
森の奥、ライガいる吹き抜け近くまで来ると、轟音がきこえてきた。どうやらルークたちはライガと戦闘になってしまったらしい。奥までたどりつくと、ルークとティアがイオンを後ろで守りながら戦っていた。しかしライガの親玉―ライガクイーンにはふたりの攻撃は通用していないようである。これでは二人がやられてイオンにまで危害が及ぶのは時間の問題である。
「」
「了解」
何を言われるわけでもなく、名を呼ばれただけで把握して剣を抜き、駆け出す。そのままルークとティアの横をすり抜け、ライガクイーンに迫った。
「なんだぁ!?」
「あの人は・・・っ!?」
「彼女のことは気にかけなくて大丈夫です。それよりもお二人はライガたちの相手をお願いします」
ジェイドの視線の先では、が一人ライガクイーンを相手に立ち回っていた。ルークたち同様ダメージはそれほど与えられていないようだが、速く読みにくいリンデロイの動きにライガクイーンは翻弄されている。
「あんたはどうすんだよ!」
「彼女がクイーンを引きつけている間に譜術の詠唱をします。くれぐれも、ライガをこちらへ回さないようお願いしますね」
「んだと!?」
「ルーク、いまは従いましょう。私たちには打つ手が無いのだから」
「・・・ふんっ!」
ティアに説得されてルークはようやくジェイドからライガへ的を変えた。それを見送り、ジェイドが詠唱を開始する。
「―天光満るところに我はあり―」
空気がピリ、と震え始め、ジェイドが詠唱を開始したことをは感じ取った。
「―黄泉の門開くところに汝あり―」
上空で黒雲が渦巻き始める。そろそろ頃合か、とは一気にライガクイーンの懐に入り、大きく斬りつける。
「―いでよ 神の雷―」
ライガクイーンが怯んだところで一気に間合いをとる。稲光が黒雲から顔をのぞかせた。
「インデグデネイション!!」
ジェイドの詠唱が完了し、黒雲から雷がライガクイーンに向けて降り注いだ。雷はライガクイーンの身体中をはしりまわり、彼女の背後にあった卵をも貫いた。雷がおさまり余韻も終わると、ライガクイーンの大きな身体がゆっくりと傾き始め、やがて地響きを立てて倒れ込んだ。それから彼女は一切動かなくなり、が息絶えたことを確認した。
「これでエンゲーブは一安心ですね」
「そうですね。では、頼みがあります」
「・・・大佐の頼みはいつもろくでもないのですが?」
「まぁそう言わずに」
げんなりした顔でジェイドを見ると、なんともいい笑顔を向けられる。ルークたちにきかれたくないらしく耳打ちされると、はやはりなんとも言えぬ顔だった。だが上官命令には逆らえず、「アニス」と声をかける。
「はぁい!なんですかぁ?」
「ちょっと」
今度はがアニスに耳打ちをする。ふんふんときいていたアニスは、やがて「えーっ!」と声をあげて大佐を見た。だがやはり大佐の笑顔に逆らえるはずもなく、従うことになる。それからぽつりと言葉を出し始めたルークたちに気づかれないよう、二人はそろっとその場から離脱したのであった。