ローレライ教団最高指導者導師イオンとその守護役アニスを高速艇に迎えて二日、ようやく彼らはマルクト軍陸上装甲艦タルタロスに乗艦した。海路から陸路に変わり、タルタロスはエンゲーブを目指す。そもそも導師をこうして連れ出したのは、キムラスカ・ランバルディア王国との和平条約を結ぶためである。“平和の象徴”とされる導師の手を借り、長年敵対してきたキムラスカとマルクトの戦いを終わらせようというのだ。
は導師たちの部屋を目指していた。上官に導師たちの相手を命じられたのだった。初日の様子からして導師との間に何かあるであろうことを感じ取っただろうに、わかっていてなお導師の相手を命じるとは、やはり食えない上官である。導師の部屋をノックをし、入室する。
「失礼します、イオン様、アニス」
「少佐」
一礼をし、歩を進める。イオンとアニスはゆっくりくつろいでいるようだった。
「でかまいません、イオン様」
「そうですか?では、と呼ばせていただきますね」
柔らかく笑う彼に感じるのは、やはり“違和感”。イオンは身体が弱く、一時は民衆の前にでることもかなわないほど弱っていたそうだが、もうそれほどではないということだろうか。それで、イオンは変わったのだろうか。
(なにもわからない以上、下手な詮索はしないほうがいいわね)
「そうだ、少佐」
「ん?」
声をかけてきたのはアニスだった。控えめに「え〜っとぉ」と声を出している。
「ここって、女性は少佐しかいないんですかぁ?」
「えぇ、そうよ」
「はうあ!まじですか!?」
アニスがびっくりして後ずさる。さすがにイオンも目を丸くしてをみた。
「女性一人でよく我慢できますね〜」
「もう慣れてしまったから」
苦笑して返すと、アニスはまた「ふわぁ〜」不思議な声で大きな息をついた。
「それより、何かご要望ありましたら遠慮なくおっしゃってください」
「そうですね・・・・・こういう時ってなにをお話したらいいんでしょうか?」
「・・・他愛も無い話が、よくわからない、と?」
「えぇ、恥ずかしながら・・・」
眉を下げ、小さく笑みを浮かべる姿はただの少年で、ただその様子は導師として指導されてきて当たり前の日常がよくわかっていないようにも見えた。
「何を話しましょうかねぇ・・・実は私もあまり日常会話と言いますか雑談と言いますか、そういったことはあまりすることがないので・・・」
「そうなのですか?」
「大佐が世間話するように見えますか?」
「見えませんけど・・・他のお友達は?」
「・・・・・」
アニスにずばり指摘されて思わず口が閉じる。アニスの顔がしまったと揺れるのをリンデロイは感じた。
「えっと・・・すみません?」
「・・・いいの、友人いないのは事実だし」
「なぜですか?は良い人だと思いますよ」
イオンに言われ、は目をぱちくりさせたのち、ふっと失笑に近い笑いをもらした。
「それはあなたが私のことを“知らない”からいえることですよ、イオン様」
「あ・・・」
「イオン様に失礼ですよ!」
イオンがうつむくとさすがのアニスも怒ってに怒鳴った。だがそれをイオンがたしなめる。
「なんでですか、イオン様!」
「アニス、先にを傷つけたのは僕たちのほうですよ」
「う・・・」
傷つけた。そのフレーズになんとなく違和感を覚えたが、皮肉をこぼした原因ではあったので弁解はしなかった。自分の細かいところなど、放っておいてほしい。
「すみませんでした、」
「・・・いえ」
やがて、操舵室から伝令がきた。もうすぐエンゲーブに到着するから、降艦準備をとのことだった。はイオンに一礼し、その場をあとにした。