フォンマスター




















は休暇を利用し、ローレライ教団総本山ダアトを訪れていた。正しくは、ダアト第四石碑の丘、である。預言を守り、預言を読むダアトには、近づきたくはなかった。それでもここに来たのは気まぐれか、あるいは自分の人生を狂わせたものをこの目にしておきたかったか、いずれかであろう。第四石碑の丘からは、ダアトが見下ろせるから。


「あなたもダアトへ預言を詠んでもらいにいくんですか?」

「・・・いえ」

「そうですか。でもここまで来たならついでに寄っていくといいですよ。預言を詠んでもらって損は絶対ありませんから」

「・・・どうも」


巡礼者だろう女性に話しかけられ、適当に返す。その背を見送り、は再びダアトに目を戻した。


「・・・誰が、預言なんて」

「預言は、お嫌いですか?」

「!」


こんなところでこんな言葉を誰かにきかれるなんて。批判を受ければ面倒事になりかねない。は上辺だけでも流そうと振り向き、その姿に軽く眉をひそめた。ローブのようなものを羽織、顔はフードですっぽり隠れていて口元くらいしか見えない。かろうじて横髪の緑色の房が見えている程度だ。背丈はよりもいささか低く、おそらく、まだこどもと呼ぶ年齢。


「預言は、嫌いですか?」

「・・・・・」


二度目の、同じ質問。は周りに人がいないことを確認し、正直に「えぇ」と頷いた。


「預言は私を不幸に落とした。私は預言なんて信じないし、信じたくもない」

「・・・そう、ですか」


少しかなしげな声。だがその中にはほっとしたものも混じっているように感じて、不思議な感覚がした。


「預言は時に残酷な運命を告げる。あらがえない、残酷な運命を。貴女はそれに、逆らっているというのですね?」

「・・・えぇ」


預言に逆らい、嫁ぎ先を飛び出して軍に入った。それから預言は詠まれていない。理由をつけて断っていた。


「貴女の預言は、貴女だけのもの。貴女の選んだ道は、もしかしたら預言通りかもしれませんよ?」

「・・・私の選択も、あらがいも、預言通りだと?」

「さぁ・・・僕はあくまで仮定を告げただけです。教団の外にいるのに、預言を詠まなくていいときなのに、わざわざ預言を詠むことはしません」

「あなた・・・預言士・・・!?」


よりにもよって預言士にきかれたということだろうか。しかし彼の言い分は、まるで彼自身も預言をあまり好んでいないかのような、そんな。


「いえ、僕は・・・」

「イオン様ー!!」

「・・・・・」

「イオ・・・ン・・・?」


遠くから聞こえてきた声に反応し、の目が見開かれる。イオン。それは、ローレライ教団最高指導者の名前。


「導師イオン・・・!?」

「・・・・・」

「イオン様!一人で出歩いたら、危ない、です」

「ごめんなさい、アリエッタ」


駆け寄ってきた少女は、まさか彼の導師守護役だろうか。に軽く警戒心を向ける。


「アリエッタ、彼女は敵ではありませんよ」

「・・・はい、です」


イオンに言われ、アリエッタと呼ばれた少女が少しさがる。イオンは改めてに向き直り、小さく笑みを浮かべた。


「良ければ貴女のお名前をきかせてもらえますか?」

「・・・・・・・・です」

、ですね」


ひゅうっと風が吹き、イオンの顔を隠していたフードが外れた。まだあどけなさの少し残る少年の顔がに晒される。穏やかそうに見えるがどこか陰のあるその表情は、とても希望をうつしているようには、には見えなかった。


「いつかまた、どこかでお会いできたらいいですね」

「・・・はい」


なんとなく、直感だが、もう一度会いたいと思った。会ってその表情の意味を知りたいと。導師であるのになぜあのようなことを言ったのか知りたかった。アリエッタの手前それ以上はきくことができず、はダアトへ戻っていく彼らの背中を見送った。


「導師、イオン・・・」


不思議な少年だ。は小さく笑みを浮かべ、ここに来たのも無駄ではなかったと思いながら、マルクト帝国へ帰国した。




















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