ジェイド・カーティス
第一印象は、胡散臭い。栗色の長髪に細フレームの眼鏡。口元には笑みを浮かべているが、その眼鏡の奥の赤い瞳でなにを見ているのか予測ができない。面倒な人物が上司になったものだと、は内心で舌打ちした。
「さて、さっそくですが一仕事してもらいましょうか」
「・・・私は罰則を言い渡されるのでは?」
「ですから、これが罰則です」
示されたのは、机の上に築かれたいくつかの書類の山。小佐ともなればこういった事務処理もあるのだろう。しかしそれを新入りであるにさせるのはいかがなものか。
「これはあなたの力をはかるものでもあります」
それはやはり罰則とは違うのでは、と内心思いながら、「はぁ」と生返事をかえす。
「簡単な事務処理はできますか?」
「えぇ、一応は・・・」
「ではそれを分別してください」
ひとつの比較的小さめの山を示し、ジェイドは自分の書類に目を落とした。はその山を抱え、部屋そなえつけのソファへ腰をかける。そして軽く目を通し、書類の分別を始めたのだった。
最後の書類の束をトントンとまとめ、は大きく息をついた。ちら、と窓を見てみれば、いつの間にか夕日が落ちかけていた。確か始めたのは昼過ぎだったはずだ。
なんて集中力だ、とは自分を褒めたくなった。
「終わりましたか?」
声をかけられ、上司を振り返る。はい、と返せば、「ではそちらに給油室があるので適当に休んでいてください。私はもう少しかかりますので」と返ってきた。すぐに帰してくれる気はないのか、と若干滅入りながら、は腰を上げて給油室へ向かった。
(そういえば少しお腹空いたな・・・)
訓練が終わってすぐここに来なければならなかったから、昼食は簡単にしかすませていなかったのだ。お湯を沸かしながらふと冷蔵庫があることに気づいて、失礼、と思いながら開ける。
「・・・」
これなら何かできるかな、と簡単な調理場を見つめ、うんと頷いた。
ジェイドはふと鼻をかすめる匂いがあることに気づいて顔をあげた。これは何の匂いだ、どこから、と考えて、給油室であることに気づく。小さく音を立てて椅子から立ち、給油室へ向かった。
「・・・なにをしているんですか」
「あ、小佐」
フライパン片手に振り向くと、ジェイドが軽く目をみはった。エプロンなんてものはないから青い軍服のままなのだが、なぜこの部下になったばかりの女性は今ここでフライパンを手にしているのだろう。
「すみません、勝手に冷蔵庫の中身を使わせてもらいました。恥ずかしながら、小腹が空いてしまったので」
「・・・」
おっと、といいながらフライパンに目を戻すを、ジェイドはただ見ていた。そのままそのフライパンの中身・・・これはパンケーキだったわけだが、それを皿に移す。皿とパンケーキは、二枚ずつ。
「・・・?」
「あぁ、小佐の分ももちろんありますよ。昼食をきちんと食べていないのは小佐もでしょうから」
自分が食べれていないのだから、同じくジェイドもだろうと思っただった。ジェイドは彼には珍しく目をぱちくりさせ、差し出された皿を受け取った。続いてコーヒーカップを受け取り、席へ戻る。も自分の分を持ってソファへ戻った。
「いただきます」
「・・・いただきます」
まずコーヒーを口にし、はうんと満足げに頷いた。パンケーキのほうも上々の出来だ。不意に「ほう・・・」ときこえてきてはそちらに顔を向けた。ジェイドもまた、それを楽しんでいるように見えた。
「ごちそうさまでした」
完食し、ジェイドが言う。
「なかなか食べる機会がないものでしたから、新鮮でしたよ」
ジェイドは独身で、それなりに良い屋敷はあるが使用人はいないと言う。確かに彼がパンケーキを焼く姿は想像できないが、それでは普段なにを食べているのだろうかと少々心配になる。
「少し、あなたのことがわかった気がします」
「はぁ」
また生返事。上司に対する態度ではないが、この上司はなにを考えているのかわからないのだ。
「いえ、実は興味もあったのですよ」
「興味・・・ですか?」
「えぇ。『女神への反逆者』と言われるあなたに」
「・・・・・」
スッとの目が細められる。あぁこの上司もほかの連中と同じか、と失望の陰が落ちた。
「あなたのモットーはなんでしたか」
「・・・・・予言なんてくそくらえだ、です」
「そうでしたね」
ふ、とジェイドが目線をそらした。それはから外したのではなく、どこか遠くを見つめたような仕草。
「それがまったくの間違いだとまでは、言いません」
「え・・・?」
それ以上ジェイドはその件については何も言わなかった。今日は下がっていいと言われ、はジェイドの執務室をあとにした。
Created by DreamEditor