しばらく艦内を歩き回ったルーク達は部屋へ戻り、マルコにジェイドへ取次を頼んだ。呼ばれたジェイドがイオン、を伴って部屋に入ってくると、ルークはを少々しかめ面で見た。
「・・・彼に何か言いましたか」
「大したことではありません」
「なんだと!?」
「ルーク」
がしれっと言うとルークが声を上げ、ティアがたしなめる。ほどほどにしておくようにとのジェイドの言葉には「は」とだけ返した。そして「それはさておき」とジェイドが本題に入る。
「昨今局地的な小競り合いが頻発しています。恐らく近いうちに大規模な戦争が始まるでしょう。ホド戦争が休戦してからまだ十五年しかたっていませんから」
ホド・・・それは、十五年前、キムラスカとマルクトの戦争によって消えた地の名前だ。当時は12歳で住居はホドより遠かったため詳しいことは知らないが、キムラスカによって多くの命が失われたということは教えられていた。
「そこでピオニー陛下は、平和条約締結を提案した親書を送ることにしたのです。僕は中立の立場から使者として協力を要請されました」
「それが本当なら、どうしておまえは行方不明ってことになってんだ?ヴァン師匠はおまえを捜しに行ったんだぜ?」
イオンの言葉にルークが問いをかける。ヴァンは神託の盾騎士団の主席総長だ。同時にルークの剣の師匠でもあるのだという。イオンはルークにローレライ教団の現状を離した。改革的な導師派と保守的な大詠師派にわかれているローレライ教団。その大詠師モースが、戦争を望んでいる。そこでイオンはマルクト帝国帝王ピオニーに協力を申し出、ピオニーの信頼あるジェイド率いる第三師団が派遣されたのであった。和平を結ぶため、ピオニーの親書を持ち、キムラスカへ向かう為に。
「僕らは親書をキムラスカへ届けなければなりません」
「しかし我々は敵国の兵士。いくら和平の使者といっても、すんなり国境を越えるのは難しい。ぐずぐずしていては大詠師派の邪魔が入ります。その為にはあなたの力・・・いえ、地位は必要です」
ファブレ家の嫡男≠フ肩書があれば、王への目通りが通りやすくなる。ルークとティアに出会ったのは偶然ではあるが、これはいい出会いだったといえるだろう。“ある意味で”。
「おいおい、おっさん。その言い方はねぇだろ?それに、人にものを頼むときは頭下げるのが礼儀じゃねーの?」
「な」
ルークの言い草にが思わず足を出しかける。が、それは無言でジェイドに制された。
「そういう態度はやめた方がいいわ。あなただって戦争が起きるのは嫌でしょう?」
「うるせーな。・・・で?」
ティアに諭されても態度を改めず、舌打ちをしてルークはジェイドに顔を向ける。ジェイドは「やれやれ」と困った顔―否、呆れた顔でこぼして、ルークの前に片膝をついた。
「大佐!!」
はやめさせようと踏み出すが、ジェイドはそれを笑みで一蹴する。グッと歯を食いしばり、は大人しく引きさがった。の様子を確認した後、ジェイドはそのままルークに仰々しく頭を下げた。
「師団長!」
「どうか、お力をお貸しください。ルーク様」
「あんた、プライドねぇなぁ」
ルークの言葉にいい加減腹立たしさを隠せなくなっているは、必死に拳を握って己を抑えていた。
「あいにくと、この程度のことに腹を立てるような安っぽいプライドは、持ち合わせていないものですから」
自分の代わりに腹を立ててくれる者達がいるし、なんて、口にも態度にも出すはずがない。
「・・・ち、わかったよ。伯父上にとりなせばいいんだな」
「ありがとうございます。私達は仕事があるので失礼しますが、ルーク様はご自由に」
「呼び捨てでいいよ、キモイな」
「わかりました、ルーク『様』。・・・ほら、そんなにルーク『様』を睨みつけていないで行きますよ、」
「・・・・・は」
なんとか抑えたまま、はもう一睨みルークに向け、ジェイドに続いて退室した。そして、部屋を出て約1秒後。ガァァァン!!と大きな音を立てて壁が殴られる音が廊下に響いた。
「こらこら、タルタロスを破壊するつもりですか?」
「なんっっなんですかあいつは!?なんですかあの態度は!?世間知らずの“おぼっちゃま”のクセに偉そうで傲慢で!!」
「そうですねぇ、甘やかされてきたんでしょうねぇ」
正直、ジェイドはのこの怒り様に内心驚きと興味深さを感じていた。陰で何を言われ様が素知らぬ顔をしていた、水をぶっかけられようが平然としていた、あのリンデロイが、“貴族の態度”に腹を立てている。しかも、被害に合ったのは自分自身では無い。
「貴族だから何が偉い?貴族にはうやうやしくするのが当然?冗談じゃない!」
それだけ、彼女の“貴族”に対する傷が深いということだろうか。預言に抗ってまで抜け出ていた場所だ。自分にはわかりえない深さと複雑さがあるのだろう。
「まぁまぁ落ち着きなさい。あなたが冷静でいてくれなくては、部下達が動揺しますよ?」
「・・・」
「それに、先程も言いましたが、“あんなもの”は蚊に刺されたくらいにしか思っていません。あなたが気にすることではありませんよ」
「・・・それでも」
はまだ顔をしかめたまま、じっと床を睨みつけた。
「それでも、私は、下の者を見下したあの態度が、あの言葉が、あの顔が・・・許せないのです」
それは確かに、彼女の傷の深さを表していた。