緑が出会い、秘緑に名が付く





















ここは地下にあるから窓が無い。だから、空を知らない。それどころか、“外”を知らない。一人で部屋を出る事すら許されない。この階より上へ行く事も許されない。ここに閉じ込められていると等しい。正直、退屈だ。理由が理由だから仕方がないのだが、それにしても退屈だ。いつもの様に溜息をつき、本棚を見つめる。まだ読んでいない本があっただろうか。もうほとんど読んでしまったから、また新しいものを持って来てもらわなければ。なんにせよ、本を読んで過ごすしかない。本を取ろうと本棚に手をのばした時、ドアをノックする音が部屋に響いた。


「どうぞ」


アルトとソプラノの中間の様な、独特な声が言う。それに反応し、ドアが開かれた。


「失礼します、姫」


入って来たのは、ここローレライ教団の信託の騎士団主席総長、ヴァン・グランツ謡将だった。


「おはようございます、ヴァン謡将。今日はどのようなご用件で?」


正直、この人物は苦手である。まず、何を考えているのかさっぱりわからない。そして、その独特な雰囲気も苦手要素の一つとなっている。


「姫に会わせたい人物がおりまして・・・入れ、シンク」


ヴァンは自分の後ろに向かって言った。部屋の外に誰か控えていたらしい。シンクというと、六神将の一人、『烈風のシンク』のことだろうか。シンクは面倒そうに入室し、そして、彼女を見てひどく動揺した。


「なっ・・・!いったいどういう事だ!?ヴァン!!」


仮面をつけているから表情まではわからないが、声からしてそうだろう。目の前で自分と同じ年頃に見える少年が、ヴァンに食ってかかるのをただ見つめた。“会わせたい者がいる”とはきいたが、まだ目的を聞いていないからだ。ただ会わせることが目的ではないだろう。


「どういうことも、こういうことだ」


シンクの手を払いながらヴァンが言う。


「・・・『異端の姫』。ホントにいるとは思わなかったよ」


『異端』―その言葉が重くのしかかる。シンクは気を鎮めて冷静さを戻したようだが、決して顔を彼女に向けようとはしない。


「紹介が遅れて申し訳ありません。この者は、神託の騎士団参謀総長兼第五師団師団長のシンクです」

「あぁ、やっぱり。六神将の一人、烈風のシンクですね」

「さすがは姫。博学でいらっしゃる」


その褒め言葉には、一応笑みを返しておく。“知識を得ること”しかやることがないだけなのだから。


「突然ですが、姫には今日から彼の指導の元、戦闘能力を身につけていただきたい」

「え・・・?」

「はぁ!?何それ、きいてないよ!?」


驚きにぽかんとした以上に、声を上げて驚いたシンクを咄嗟に見た。本人もきかされていなかったとか。


「言ったら来たか?」

「命令だとしても来たくなかったね。なんでよりにもよって“コイツ”で“僕”なのさ!?」


ちらり、とシンクが視線を向ける。例の如く顔は仮面で見えないが、相当嫌そうな顔をしているのだろう。それにしても、何やら意味ありげな言い方だが、シンクと何か関係性でもあるのだろうか。


「お前だからだ。稽古の日時はお前の任務に合わせて決めろ。それから、姫はまだ『名』が無い。お前がつけて差し上げろ」

「・・・なんで、僕が・・・」

「命令だ。では姫、私はこれで」

「あ、はい・・・」


ヴァンが部屋から出て行ってシンクと二人きりになり、沈黙が流れる。目もお互い背けたままだったが、耐えきれなくなってシンクにちらりと目を向けた。


「・・・何?」

「・・・なんでもない、です」


気に障ったらしい。威圧的な声を出されて、また目を逸らしてしまったが、今度はシンクの方が見ていた。


「?」

「・・・アンタは、本当に・・・」

「え?」

「・・・なんでもない」


何かを言いかけて止め、シンクはまたそっぽを向いた。途中で止められたら気になるが、きいたらまたシンクの機嫌を損ねるだろう。


「・・・名前」

「え」

「決めないと、いけないんだよね・・・」


僕は別に「アンタ」って呼べばいいんだけどね、と彼がため息をつく。今まで「姫」や「貴女」呼びだったから、名前が無くても支障はない。だが、あるのとないのとでは気持ち的に違うのだろう。多分。しかしシンクは気が乗らないようである。


「嫌なら別につけなくても大丈夫ですよ。シンク・・・さんが、無理してつける必要はありませんし」


言ってちらり、と様子を伺うが、シンクは黙ったままだ。そして、意外な言葉が返って来た。


「・・・

「えっ?」


言われたモノが一瞬なんなのかわからず咄嗟に聞き返すと、シンクは顔を歪ませた、ようだった。


「えっ、じゃないよ。アンタの名前。文句ある?」

「な、無いです・・・!全然、無い、です」


首を振ると、シンクは「あっそ」と言ってまた顔を背けた。


「ありがとう、シンクさん」

「・・・別に。命令で仕方なくだよ」

「うん、でも、ありがとう」


あなたにとってはそれだけのことでも、大切な事だから。名前はとても大切な、その人を表すモノだときいたから。は何度も自分の名前を呟き、照れくさそうに笑った。


「・・・はやく準備しなよ。動きやすい格好で、そのコートも忘れずに」

「あっ、はい、すぐにします」


着替えるために奥へ行くの後ろ姿を見ることも無く、シンクは部屋を出て行った。




















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