小さなガッツポーズ















D1は、力量に差があった。




不動峰のペアも2年にしてはやるけど、青学黄金ペアは伊達じゃない。個々の実力も、青学の方が上だった。
内村が体勢を崩した英二の顔面を狙うが、英二はいとも簡単に避けて頭の後ろで打ち返した。アクロバティックが得意な英二ならではの技だ。
こうして見ていると、アクロバティックでも、英二とがっくんでは随分違うなと思う。
がっくんのはアクロバティックは“跳ぶ”、英二のは“動く”アクロバティックだ。




空がうなり始める。ついに、雨が降り出した。



















通り雨のようだしすぐ止むだろうが、多かれ少なかれ、プレイに影響は出るだろう。・・・英二を除いて。


「ほいほいっと!」


滑っても、崩れた態勢でも器用に反応して打ち返す。その姿はまるで猫の様。よくあんな体系で・・・いや、英二の体重は軽かった気がする。身長の割に。




そしてこの青学黄金ペア、すごいのは何も英二だけではない。英二が打つと見せかけ、避けて後ろの秀一郎が打つ。
アクロバティックで動き回る英二をサポートできるのは、視野が広くて臨機応変に対処できる秀一郎くらいなものらしい。




ゲームセット、6−2で青学の勝ちだ。
























次はS3。青学 海堂 対 不動峰 神尾。
どうにも嫌な予感がする。あの神尾という子、薫の苦手なタイプかも知れない。
プレイ的にも、性格的にも。


雨は上がったけど、荒れそうだ。



















思った通りだ。神尾の速さは並みじゃない。薫のスネイクにびくともしない。超アングルショットのスネイクに追いつき、打ち返している。


「リズムにのるぜ♪」


そして逆にそれ以上のアングルを狙われる。彼のスピードは、確かに関東ではトップクラスかもしれない。
全国には彼よりも速い人はいるけど、2年生だということを考えれば、やはりあの速さはすごいと言える。
またスネイクに追いつき、キツイ角度に返される。薫も必死に追いつこうとし、ぬかるんだ地に、足をとられた。


「薫・・・!!」


しかし、薫は諦めない。滑って崩れた体勢でも、そこからスネイクを放った。


「え!?」


驚くべきはその球の“軌道”。“それ”は、ネット上ではなく、ポールの外をまわって神尾のコートに突き刺さった。


「ポール回し・・・」


周りで「ブーメランスネイクってか!?」などときこえる。確かにブーメランのような軌道だ。部長も絶賛。
だが、神尾も負けてはいない。クイックモーションからのサーブで薫の不意を突いた。
神尾がうまく攻めてきているのに対し、薫は“マグレ”で出たブーメランスネイクに頼ろうとしてミスしている。これではただの自滅だ。




0−3で不動峰のリード。このまま薫が自分のテニスを思い出さなければ、ストレート負けもあり得る。


「・・・つまらん色気出しおって」


そんな中、スミレちゃんが立ち上がった。


「何だいこの試合は!ラケットブンブン大振りかい。バカ者が。一発必中の大技に縋らなければあんな相手倒せないほど弱かったのか」


ザァ・・・と風が吹く。空気が、変わる。


「海堂よ。お前のテニスはどういうテニスだったかな?」


ここからでは薫の顔は見えない。それでも確かに、薫をまとう空気が変わった。


「薫、『マムシ』と呼ばれるあんたのプレイ、見せてちょうだい!」



「・・・このまま終わらせねぇ。絶対にだ!!」


ゲームはまだまだ、これからだ。




















粘りに粘ってデュースが続いている。それどころか、疲れた様子が見えない。
貞治によれば、薫はとんでもない体力強化メニューを組んでいるのだとか。いつもの練習の3倍以上の量・・・スタミナがつくわけだ。
神尾の反撃。サーブ後のネットダッシュで奥に返球された。薫はなんとかそれに追いつき、キレのあるスネイクを放つ。
神尾がなんとか当てたそれは、ゆるく飛び、コードボールに。落ちる、と思った人は、少なくないだろう。


「ここで終わる薫じゃないよ」


跳び込んでラケットに当て、その球は神尾のコートに転がった。デュースはまだ、続く。





そして。




「ゲームセット!!ウォンバイン、青学海堂!!7−5!!」




粘りに粘った薫が勝った。


ベンチに戻る彼の左手に、小さなガッツポーズが見えた。










「薫」

「?」

「お疲れさん」

「!!」


バンダナごと薫の頭をぐしゃぐしゃっとすると、ちょっと顔を赤くして離れて行った。かわいいやつめ。





















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