The person who stepped into the frontier.





















日本に住むようになって二日目。時差ボケも落ち着いて、散歩に出歩いてみた。
久しぶりの日本は見慣れないものばかりなのになぜか懐かしく≠ト、第二のホームなのかなと思わせた。
ふと、足を止める。聞こえてきたのはいつもきく、ボールの弾む音。キョロキョロと辺りを見渡すと、テニスコートがあるのが見えた。ストリートテニス場だろうか。
この音は壁打ちの音だ。どんな人が練習しているのだろうかと興味がわき、私はコートへ向かった。



















壁に向かって黄色いボールが弾む。ラケットを振る彼は、おそらく同じ年くらいだろう。ただただ、ラケットを振っている。
ただ壁打ちをしているだけなのに、背中からあふれ出るこのオーラ。この子、強い。
興奮にも似た感覚でごくりと息を飲んだのと、彼の汗がぽたり、と落ちたのが同時だった。そして、彼が振り向いた。


「・・・?誰だ?」

「Ah-...I'm...」

「・・・外国人なのか?」

「No.日本人。ごめん、つい」


アメリカ生まれアメリカ育ちだから、というと、彼はそうか、と言って汗を拭った。


「それで、何か用か?」

「用っていうか・・・ボールの音がしたから、どんな人が練習してるのかなって思って」

「・・・それだけか?」

「それだけ」

「・・・・・」


彼はふと自分が右手に握るラケットに目を落とした。


「・・・お前も、テニスをするのか?」

「するよ。と言っても、趣味って感じになっちゃってるけど」

「?よければ、付き合ってもらえないか?」

「え、いいの?でも私、ラケット持って来てないよ?」

「俺のを貸す」


言うと彼は近くにあるベンチに向かって歩き、バッグからラケットを出した。


「へー・・・予備のラケット」


これは、本当に強いのかもしれない。宝の持ち腐れでなければ。


「それじゃ、遠慮なく借りるね」

「あぁ」


彼がコートに入っていく。私も反対側のコートに入った。


「そういえば、自己紹介もまだだったね。私は越前

「・・・手塚国光だ」


ぴくり、と彼のこめかみが震えたのは、見なかったことにしよう。さすがに、この歳で知っているわけがない。


「Let's start the game!」(さぁ、ゲームを始めよう!)




















強い。強すぎる。なんだろう、この強さ。本当に、同じ歳くらいの子なのだろうか。実は童顔で、もっと上かと思ってしまう。
でも、身体つきはやっぱり子どもで。それなのに、なんだろう、この強さ。まるで、リョーマや、父さんを相手にしているような感覚。
楽しい。久しぶりに、2人以外とのテニスがすごく、楽しい。
彼は強い。とても。でも、やっぱり本気でやってもらいたい。


「ねぇ、手塚国光くん」

「・・・なんだ?」

「本気で、やってよ」

「・・・」

「本当は、左利きなんでしょ?」

「!」


一瞬驚いた様な顔をし、彼は、ラケットを左手に持ち直した。


「よく、わかったな」

「弟が左利きでね」

「・・・そうか」


ゲームが再開される。本来の利き手になった彼は、右でやっていたときとは比べ物にならないくらい、変わった。
やばい。これは、やばい。身体の奥底がざわついてくる。身体が、震える。あつい。あつい。あつい。













ぷつっと、世界がかわった。



















「・・・・・!」


突然雰囲気が変わった事を感じ取った手塚が、目の色を変えた。この気迫。このオーラを、自分は知っている。


「無我の、境地・・・」


この歳で無我の境地に踏み込んでいる者が自分以外にもいたのかと、手塚は正直に驚いた。そして、ラケットをぎゅっと握り直す。


「俺も、本気でいこう」


手塚の周りの空気も、一変した。



















「・・・・・」


手塚は今、目の前で起きていることがよくわからず、ただただ無言で見下ろしていた。


「・・・・・」


ネットの向こうで黄色いボールが転がっている。そしてその脇に転がる少女の身体。
規則的に上下するその身体は、異常があるわけではないことを示している。が、どうしてこうなった。
手塚は仕方なく、ラケットを二本バッグにしまうと、を背負ってベンチに寝かせた。


















ぱち、と音がしそうなくらい綺麗に、目が開いた。けど、眩しくてすぐ薄目になる。と、そこに影が差しこんできた。


「・・・大丈夫か?」

「・・・あ、うん」


目が慣れて身体を起こすと、彼がそばに立っていた。そこで初めて、ベンチに寝かされていたことに気づく。


「運んでくれたんだ?ありがとう、ごめんね」

「いや、それは構わないが・・・」

「どうもね、体力続かないのか、ぶっ倒れちゃうんだよ。ガソリン切れたら試合途中でも爆睡だからね。今日はなんとか試合終了までできてよかった!」


スコアは4−6で私の負け。それでもすごく楽しかったし、大満足だ。


「ありがとう、国光。家族以外の誰かと試合してこんなに楽しかったのは久しぶりだよ」

「・・・そうか」


彼は一瞬だけ、驚いたように目を見開いたが、すぐに元の無表情に戻った。


「またテニスしようね」

「あぁ、また」










その後いろいろ話し、彼はやはり同じ歳で、今年青春学園中等部に入学することを知った。
私は氷帝で学校は違うけど、国光とはまた会えるし、またテニスできる。そう信じ、別れた。



















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タイトル「The person who stepped into the frontier.」訳「二人の境地へ踏み込みし者」

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