出会いはストリートテニス
彼を見つけたのは、本当に偶然だった。
通りすがりのストリートテニス場で、壁に向かって一心にボールを打ちこむ姿に、どこか惹かれるものがあったんだ。
「キミ、ここで一人でテニスしてるの?」
「えっ?」
後ろから声をかけると、彼は驚いたように振り向いた。ポン、ポンとボールが軽く跳ねて転がり、止まった。
「あ、ごめん。邪魔したかな?」
「いや・・・」
おでこに小さな傷のある彼はボールを拾ってこっちを見た。
「一人、ですけど、なにか」
「あ、いや。部活には入ってないのかなーと思って」
「・・・入ってない。入りたくもない」
「え」
言うと彼は再び壁に向かってボールを打ち始めた。
先ほどよりも心なしか強く打っているように思える。
「ねぇ、私が相手してあげようか」
「は?」
また、ポテンとボールが転がる。
「少なくとも、壁を相手にするよりはいいと思うよ?」
「・・・あんた、何者?」
「人にきくときはまず自分からが基本でしょ?」
「・・・裕太。・・・・・不二、裕太」
「不二裕太・・・あーはいはいわかったわかった。それで部活入りたくないのか」
「・・・・・」
「それじゃ、始めようか、裕太」
「えっ」
なぜ、驚く必要がある。
彼は目を丸くして私を凝視している。
「何?相手するって言ったのは私なんだから、やるよ」
「いや、そうじゃなくて・・・・・・名前」
「え?名前で呼ばれるの嫌」
「・・・嫌じゃない」
「ならいいじゃん。ほら、やるよ」
私はそう言って裕太がいるコートの反対側に入った。
「そういえば、あんたのことまだきけてないけど」
「それは私に勝ったら教えてあげるよ。青学1年、不二裕太くん」
「・・・・・勝ってやる!」
勝負は6−3で私の勝ちだった。
それでも彼はよくやった方だと思う。1年だし、まだまだ身体も技術もできあがっていないわけだし。
問題は精神的なものでもあるだろうし。
「お疲れ様」
「・・・なんで、こんなに強いんだよ・・・。ほんと、何者なんだ?・・・って、俺負けたからきけねぇのか」
「氷帝2年、男子テニス部マネージャー兼練習相手、越前」
「え?」
「裕太はまだまだ強くなれるよ。ただ、こんなトコで一人でくすぶってるんじゃ、進歩なんてしない。いっそのこと環境を変えてみるとかさ、してみたらどう?」
「・・・あてなんてないし」
「あー・・・氷帝はオススメできないしなぁ・・・。多分、合わない。でも、今のまま兄に反発して部活入らないでだらだらしてたら、何も変わらないよ」
「・・・・・」
「どこかいいとこがあればいいんだけどねぇ・・・裕太が、裕太らしく、裕太のまま、テニスができるところ」
「俺が、俺らしく、俺のまま・・・」
裕太は私が言った事を復唱して、軽く俯いた。
裕太は、昔の私にほんの少し似ている。
昔、『越前南次郎の娘』だからと勝手に期待された私。それが、私は嫌だった。
プロになる気はない、すごく強くなろうなんて思ってない。ただ私はテニスが好きで、父さんやリョーマとテニスができればいい。
結果私は、期待した人たちに反発して試合にも出なければそんな人たちの前でテニスをすることが無くなった。
家に父さんの友達が遊びに来ても、テニスをしなかった。私は、そんな形で、反発していたんだ。
「・・・裕太が羨ましいよ」
「えっ?」
「そうやって、大きい存在で、反発してるけど、やっぱり尊敬してる身内の背中を、素直に追いかけて行けるんだから」
「・・・さんも、なにかあったんですか?」
「私はね、父さんが元プロで、娘の私から見てもすごい人で。テニスの面で尊敬はしてる。
でも、そんな人の娘で、勝手に期待されて・・・私の反発相手はその期待してくる人たちだった。反発して、裏切るような形にしたの」
「でも、それはさんが選んだことでしょ?なら、そんな風に言うこと、ないんじゃないんですか?」
「・・・ありがとう。裕太は優しい子だね」
ぐりぐりと頭を撫でると、「やめてくださいよ!」と逃げられる。
「さーて帰るかー。いい運動になった!」
「・・・俺はなんか、疲れました」
「あはは!あぁ、裕太。年上だってわかったからって、敬語にしなくていいよ。最初のままの話し方で」
「え、でも・・・」
「裕太はなんていうか、弟が増えたような感覚だから。ね?」
「・・・わかった」
照れているのか、ほんの少し頬が赤くなった。若もこれくらい素直ならねぇ・・・。
「裕太に、良い転機が訪れる事を願ってるよ」
数日後、裕太が聖ルドルフ学院の観月という男にスカウトされ、青学から聖ルドルフへ転校したことをきいた。
どうか、そこが裕太にとって最高のテニスができる場所でありますように。
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お題配布元
はちみつトースト
テニプリ 01〜30
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