始まりの戯曲
















誕生日、1月1日。
血液型、O型。
利き手、右。
好きな事、テニス。
好きなもの、弟・かわいい子(男女問わず)。
日本人歴、12年と3ヶ月と少し。
日本生存歴、1年未満。

そんな私の名前は『越前
知っている人は知っている、知らない人は知らない、元テニスプレイヤー『サムライ南次郎』の娘です。




今日は、中学の入学式。周りに知り合いはいない。
私は今までアメリカに住んでいて、中学からは日本がいいというわがままを家族にきいてもらい、ここに居る。
ちなみに家族はまだアメリカにいて、私は叔父さんの家に居候させてもらっている。
通う中学を、ここ氷帝学園にしたのは、叔父さんの家から徒歩で通える距離だから。だって、交通費が勿体ない。
と、物思いにふけっていると、入学式も終わりに差し掛かっていた。続いては新入生代表の挨拶である。新入生代表がステージに上がっていく。


「新入生代表、跡部景吾くん」


壇上に男子生徒が上がっていく。
真面目、そうには見えないが、どことなく迫力があるというか、気品があるというか、そんな雰囲気をかもしだしている。
日本のこういった式は初めての私は、なんとなく緊張していた。マイクを手にした彼は、どのようなことを言うのだろうか。
しかし私の緊張は、彼の言葉でいとも簡単に吹き飛んだ。


「いいか、お前ら。最初に言っておく」


新入生、だよね?と思わず目を瞬かせる。新入生にしてはずいぶんな態度だ。


「今日からこの俺様が、氷帝学園のキングだ!」


これが日本式なのだろうか、と一瞬でも思ってしまったことを、日本の全中学生に謝りたいと思った。














入学式には驚かされた。新入生だというのにあの態度。ある意味尊敬する。
入学式もHRも終わって、後は帰るだけとなったが、気になることがあった。家の近くだから、と選んだ学校でも、やはり、少しは。
とは思っても、この学校は広すぎてどこに何があるのか、いまいちわからない。


「テニスコート、何処だろ・・・」


キョロキョロと辺りを見渡して話しかけられそうな人を探す。すると、おそらく新入生であろう3人組を見つけた。
しかも、全員テニスバッグを持っている。私はおそるおそる話しかけた。


「Excuse me」

「へ?」

「Where is the tennis court?」

「へ、あ、わり、英語は・・・」

「Huh?」


赤紫のおかっぱ頭の少年に言われて気づく。無意識に英語で話しかけてしまったようだ。


「Sorry・・・じゃないや、ごめん。えっと、テニスコートってどこ?」

「あ、なんだ、日本語喋れるのか・・・。あっちがテニスコートだよ」

「俺ら今から行くけど、一緒に行くか?」


今度はポニーテールの子。ただし、男子。日本でもこんなに髪の長い少年がいるのか、と思った。それも、すごくさらさらしていそうだ。


「んー、でもこの子女の子だよ?俺らが行くの男子テニス部だCー」


3人目の、眠たそうな少年が口を開く。髪ほわっほわで気持ち良さそう・・・と手を出しそうになるが、なんとか撫でたい衝動を抑える。


「あー、それもそうだな。ま、テニスコートはあっちで間違いねぇから」

「ありがとう」


手を振って3人と別れる。


(男子テニス部か・・・。女子部はつまらないだろうと思っていたから、丁度いいかも)


私は彼らが向かった先、男子テニス部が練習しているコートへ向かった。














ここのテニスコートは観覧席もでかい。・・・でかい。
到着すると、何やら事件が起きていた。
新入生代表をした跡部景吾(なんと同じクラスだった)と、レギュラーらしい上級生が試合をし、跡部景吾が彼らを地に伏せさせたというのだ。
それも、全てストレートで。跡部景吾が部長宣言をすると、2人の一年が前へ出た。先ほどのポニーテールくんとおかっぱくんだ。
跡部景吾は、「面倒だから2人一緒にかかって来い」と言い、1対2の変則試合が行われることになった。


「なんか面白くなってきたな」


私はまだしばらく、傍観していることにした。










1対2でも、跡部景吾は余裕の表情でリードしていた。しかし2人も負けてはいない。
遠慮を無くした$ユ部景吾にも、果敢に食らいついている。それでも彼は強かった。ゲームは6−3で、跡部景吾の勝利に終わった。


「へぇ・・・」


私はいつの間にか、近くで観るために椅子ではなく、手すりのところまで降りてきていた。


「これでアイツを部長と認めて終るのかな?他に誰か・・・ん?」


続いてコートに入ったのは、制服の少年だった。青がかった少し長めの髪で、丸眼鏡をかけている。
その肩にはやはり、テニスバッグ。そして、この2人も対戦することになった。















いつの間にかギャラリーの増えたテニスコートに、彼等は立っていた。試合が始まるという時、ふと跡部景吾が左手を上げた。
と、同時にシンと静まる。そして。


パチン


「勝者は俺だ」


という宣言の後に、黄色い歓声が上がった。


「派手好きなやっちゃやなぁ」


眼鏡くんが呟いたのがかろうじて聞こえた。派手好きというか、俺様ナルシストにしか見えない。
ところで眼鏡くん、あれは関西弁だろうか。生の関西弁は初めてだ。なんだかジーンとくる。
そうこうしているうちに、2人の試合が始まった。














眼鏡くんは、1ゲームをあっさり見送った。お手並み拝見、様子見というところだろう。
さきほどの2人は跡部景吾のサーブを目で追いきれていなかったけど、彼はおそらく視えている。
雰囲気というか、物腰でわかる。彼は、実力者だ。そして跡部景吾も、実力者。
スピンをかけてバウンド時のボールの軌道を変える、という技法をやすやすとやってのけた。それに追いついてしまう眼鏡くんもすごい。
私はいつの間にか、すっかり2人の試合に魅入っていた。


眼鏡くんは『おしたりゆうし』というらしい。どういう漢字を書くのかはこれっぽちも思い浮かばない。


その後の試合も白熱し、スコアは5−3で跡部景吾のリード。試合に魅入る中、その集中を途切れさせるモノが割入ってきた。


「お、やってるな?」


先生ではない、おそらく部外者。彼は月刊プロテニスの記者で井上さんというらしい。


「跡部くんと忍足くんが入学したと聞いて、さっそく取材に来たんだ。本当は別件でもう一人見たいんだけど、さすがにいないかなぁ」


誰だろう、と思う。この2人以外に、まだすごいやつがいるのだろうか。


「それ、誰なんですか?」

「越前さん」

「へ?私?」


思わぬ答えで拍子抜けた声に、前方にいるテニス部員たちと井上さんが振り向いた。


「あぁ、やっぱりいたのか!」

「お前、さっきの・・・。女子の方に行ったんじゃなかったのか?」

「いや、私初めから女子テニス部行く気なかったから」

「君には物足りないだろうからね。だから男子テニス部こっちにいるんじゃないかとふんだんだ」


この人、いい勘している。しかし、なぜ私の事を知っているのだろう。日本ではほとんどテニスしていないのに。


「あの、跡部と忍足、それから、越前、だっけ。3人は一体何者なんですか?」


ポニーテールくんがきく。私のことは別にいいよと言いたい。


「跡部くんは、ついこの間までヨーロッパのジュニアで活躍していたんだよ」


つまり、私と同じ外国育ちのテニスか。


「忍足くんも、関西ではかなり名の知れた存在だよ」


かれらがおしたりゆうしを知らないのはここが関東、東京だからだろうか。


「それで越前さんは・・・」

「井上さん、でいいです」

「そうかい?じゃあ、そうさせてもらうよ」


井上さんがその時代≠フ人なら、『越前』で勘づいているかもしれない。口にしないのは、確信がないからか、ただ単に気づいていないからか。


ちゃんは跡部くんと同じで、外国でテニスをしていたんだ。ちゃんは、アメリカでね。僕がちゃんを知ったのは、丁度日本に来てて、偶然試合に出ていたのを、偶々見つけたときなんだ」


日本で試合に出たのは、まだ一度だけ。あの時かとすぐに納得する。それにしても井上さん、運が良いというか、居合わせが良いというか。


「驚いたよ。女子で、あれだけのプレイができる子がいたなんてね。引っ掛かりは、名前なんだけど・・・」

「井上さん」


私は無言で首を振った。やはり、思うところがあったようだ。これは、あえて言う事ではない。むしろ言ってほしくない。
私の様子で確信したのか、井上さんも察してくれたようで苦笑し、その先は何も言わなかった。
首を傾げている子が多々いるが、今話す事でもない。














試合に目を戻すと、丁度おしたりゆうしがロブを上げたところだった。セオリー通りに、跡部景吾がスマッシュを打つ。
決まった、と誰もが思っただろう。だが、おしたりゆうしはそれを、返した。スマッシュをロブで返すような、そんなリターン。
ボールは大きく弧を描き、ベースラインぎりぎり内側に落ちた。これによりゲームはおしたりゆうしが取って、スコアは5−4。


「やるじゃねぇか忍足!ここまで俺を追い詰めた奴は久しぶりだぜ」

「俺にここまで汗をかかせた奴も久しぶりや」


楽しそう。2人共、すごく楽しそうだ。


「くらえ!」


跡部景吾の放った球がおしたりゆうしのラケットのグリップに当たり、ラケットが手から零れ落ちる。
だが、ボールはまだ生きていた。跡部景吾はすでにとどめの体制に入っていた。


「破滅への、輪舞曲ロンド!!」


跡部景吾のスマッシュがコートに決まり、6−4でゲームが終わった。


「俺様の美技に酔いな」


・・・この言葉が無かったら格好良かったのに、と思ってしまった。










「俺、あいつとならマジで全国狙えそうな気がしてきたぜ!」

「フン!全国を、狙うだと?」


おかっぱくんの言葉を、跡部景吾が鼻で笑った。


「ちゃちなこと言ってんじゃねぇ。全国ナンバーワンの座を、獲るんだよ!」


自信家、いや、実力があるだけに、あながち戯言でもない。


「学年など関係ねぇ。今日から強い奴がレギュラーの、完全実力主義だ。俺が、この氷帝テニス部を全国の頂点に導いてやる!」


こいつは、本気で、本物だ。誰もがその姿、その言葉に息をのんだ。


私も・・・私も、そこに・・・そこに、入りたい。


その後跡部景吾は、幼稚舎の子を連れて去って行った。


「全国ナンバーワンだってよ!」

「面白くなって来たCー!」


彼等の声を、私は近く、遠くで聞いていた。














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