突然吹いた、冷たい風
冷たい風が吹き始める11月。
来年も全国優勝して三連覇を成し遂げるべく練習を終えた立海大テニス部のレギュラーたちは、帰宅ラッシュになりつつある駅の構内を歩いていた。
「こほっ、ん・・・けほっ」
「精市、まだ咳止まらないの?」
「うん・・・」
立海大の新部長、幸村精市は、数日前から変な咳をしている。は病院に行く事をすすめたのだが、精市は大丈夫と言ってきかなかった。
「このくらいで部長である俺がへこたれるわけにはいかないからね」
「・・・無理はしちゃだめよ?」
「わかってるよ」
そしてまた咳をひとつふたつ。それを見てが眉をひそめる。
風邪薬を飲んではいるが、一向に良くなる気配はない。むしろ、酷くなっているようにも思える。
「でもやっぱり病院に――」
やけに、スローモーションだった。
弟に、やはり病院に行くよう言おうと振り向くと同時だった。ゆっくり、だがはっきり、その身体が自分の傍らに崩れ落ちた。
「・・・精、市・・・?」
苦しそうに歪める顔。額から流れる汗。動かない身体。異常であることは、一瞬にしてわかった。
「精市!!?」
何事かと、前方を行くチームメイトが振り向き、双子の尋常でない様子に駆け寄ってくる。
「精市!!精市!!」
「落ち着け」
「や・・・!!精市!!」
「救急車を呼びます!」
「精市!!精市!!」
「落ち着け、状態がわからないんだ。揺らすな」
「精市・・・!!嫌だ・・・!!」
「落ち着けと言っている!!」
パァァン、と乾いた音が脳内に響く。徐々に、左頬が鈍く痛みだした。
「ここで騒いでいても仕方がないだろう。柳生が救急車を呼んだ。今はそれを待つしかない」
「・・・・・」
真田に言われて我を取り戻すが、そのまま顔は下を向く。
「・・・精市・・・」
が力なくうなだれる。顔は真っ青だ。
突然倒れた部長の姿に愕然とし、無気力に俯くの背中にかける言葉が見つからず、切原はただ、拳を握りしめた。
救急隊がきて、真田と柳が状況を伝える。不意に、真田の目がを見た。
「身内は彼女がいますが、精神的ショックが大きいので、自分も同行します」
真田に手を引かれ、も救急車に乗り込む。後部扉が閉まり、救急車が発車した。
「我々も行くぞ」
柳の言葉に皆が頷く。切原だけが、やるせない表情をしていた。
精市が集中治療室に運び込まれる。ここまで、と言われて立ち止まった。
「幸村ぁー――っ!!」
突如、真田の声。
「俺達は無敗でお前の帰りを待つ!!必ず、戻って来い!!」
真田もなにか、感じ取っていたのかもしれない。は言葉が出ぬまま、奥へいく精市を見送った。
治療が終わり、ひとまず安定したころ、柳たちが合流した。
そして目にしたのは、ベッドに横たわって眠る、白い顔の精市と、虚ろな目でただ一点を見つめるの姿。
部長がこうして眠る姿も、がこれほどまで弱った姿を見るのも初めてで、切原は息をのんだ。
「・・・、帰るぞ」
真田の言葉に、は首を振る。弱々しい、だがはっきりとした拒否。
「・・・そうしていても、幸村が目を覚ますわけではないだろう」
「・・・・・」
それでもは立ち上がろうとしない。やがて、医師から状況を伝えられた両親が病室にして、真田はここまでかと判断した。
「・・・学校には、来るんだぞ」
クラスメイトである柳の言葉も、きこえていたかどうかわからない。切原は一度だけ振り返ってを見、真田達の後を追った。
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