勇気をだして
「えっ、今年はお休みとれないの?」
毎年この日だけはと一緒に過ごす日があった。母の命日と、クリスマスと、お正月。だが今年のクリスマスは、小さな子どものいる人優先で休日をとることになったようで、の父・和春は休みをとってくることができなかった。さみしいが、仕事なのだから仕方がない。そう頭ではわかっていても、どうにもむずがゆいというか、違和感が残っていた。
「、どうかしたの?」
「え?」
不意に一架にきかれ、目をぱちぱちと瞬かせる。一架はじっとの顔を見て、眉を寄せた。
「なんだか元気ないみたい」
「あ・・・」
どうやら顔に出てしまっていたようだ。は苦笑してごめんねと呟く。
「毎年クリスマスはお父さんと一緒に過ごしてるんだけど、今年はお休みとれなかったみたいで」
「そっか・・・それなら、私達と過ごさない?」
「一架ちゃんたち、と?」
またもは目を瞬かせる。小学生の時、昼間に友人とクリスマスパーティをしたことはあったが、これは夜の話である。
「うん。いつものメンバーで、ウチでクリスマスパーティやるの。それで、はそのままウチに泊まっていけばいいじゃない?」
「えっ、そんな、悪いよ」
「悪いと思ってたら提案なんてしないわよ。ね?」
「う、うーん・・・」
いいのだろうか、でも会場となる家の本人がいいと言っているのだから大丈夫なのだろう。は「お父さんに言ってみる」と言って一架と別れた。
和春は大賛成だった。自分が仕事となってしまいを一人にさせてしまうから心配と申し訳なさでいっぱいだったのだという。夜のパーティでも泊まれば帰りも帰ってからも心配無い。幸村家にわざわざ感謝の電話をしたほどの喜びようだった。参加させてもらうならせめて何か準備を、とがクリスマスケーキを用意することになった。作って持っていったのでは崩れる可能性もあるので、幸村家の厨房を借りることになった。一般家庭と違う豪勢さに緊張しながら、その腕を振るう。ついでに料理の手伝いもしながら、クリスマスパーティの準備が整った。
「それじゃ、メリークリスマス!」
幸村の声のあとクラッカーが部屋に鳴り響く。ひらひらと舞うものが無くなると、テーブルに料理とケーキが並んだ。
「うっまそー!このケーキ、さんが作ったんスよね?」
「う、うん。お口に合うかはわかんないけど」
「絶対大丈夫っス!」
その根拠はどこからくるのやら。誰かが胸中で思ってそうだが、みんなその味を疑ってはいなかった。ケーキが等分に切られて回されると、次々に「美味い」「美味しい」と声が上がる。その賞賛には照れっぱなしだった。
「・・・」
そして一番気になるのは真田の反応だった。甘いものが好きという話も嫌いという話もきいたことがないから、普通の甘さで作ったつもりなのだが。ちら、と真田を見ると、目があった。どき、と背筋をこわばらせると、真田がうんと頷いた。
「美味いな。甘さもちょうどよく、いちごの酸味がほどよく出ている」
「どこの評論家だよ」
どこからともなくつっこまれた真田は、ム、と眉を寄せたが、は内心ほっとしていた。美味しいと言ってもらえたことが何より嬉しかった。
その後のプレゼントシャッフルでは筆を当てた。誰が選んだものだ?と首を傾げれば、真田のものだという。は大切に使おうと微笑み、その喜びを沸き立たせすぎないようにしていたが、そのかみしめた幸せは、真田以外には染み渡っていただろう。ちなみにが用意した文具セットは、切原へと渡った。
ほどよい時間になり、パーティはお開きになった。部員メンツは次々と幸村家を出て行く。
「次に会うのは始業式だな」
「そうだね」
真田とが言葉を交わすと、隣で一架が「え?」と声をこぼした。
「初詣一緒に行かないの?」
「えっ?」
また突然のことにが目を瞬かせる。一架には驚かされてばかりいるような気がする。すると真田が「そうか、そうだな」と頷いた。
「も来るといい」
「え、あ・・・私で、よければ」
「いいと言っているんだ」
「う、うん!行く!」
こんなにいいことだかりでいいのだろうか。はいつもきっかけを作ってくれる一架に、心から感謝した。
それで、結局のところどうなの?
お風呂を済ませ、あとは寝るだけ。一架の部屋に布団を敷かせてもらって一架も布団を敷いて、二人並んで布団に潜ったときの、一架の一発目だった。
「どう、って」
「弦一郎のことは好きなんでしょ?」
「すっ・・・!?」
カッと顔が火照るのがわかった。きょろきょろと下を見て、やがて小さくこくりと頷く。
「告白は、しないの?」
「・・・私は、真田くんを見守れれば、それで・・・」
「もったいないなぁ。弦一郎のことをわかってくれて、そっと傍で支えてくれそうなの、くらいなのに」
「え・・・」
どうしてこんなに高評価なのだろう。はその理由がわからなかった。
「ウチの部員ってファンクラブまであるやつも多いじゃない?きゃーきゃー騒ぐ人も多い。それだけの人も、むしろそれで邪魔になる人もいる。でも、はそんなことが無い。そっと見守って、そっと支える、それができる子。彼の意見を尊重して、でも無理しそうだったら、きっと止めてくれるでしょう?」
「う・・・ん・・・」
「あの子なら大丈夫そうだなって、だから私、に声かけたのよ」
「一架ちゃん・・・」
その声かけは、突然だった。今まで関わったことのない人物からの、突然の指摘と誘い。それでの日常が大きく変わった。
「は奥手みたいだし、勇気が出にくいのもわかる。弦一郎自身が、テニスで勝つことしか興味ないって感じのやつだしね。だからこそ、その頑固で一直線なあいつを、支えて欲しいの。にも勇気を出して、前を見て欲しいの」
「勇気を出して、前を・・・」
ふと頭をよぎったのは母の遺言。「の様に太陽に恥じぬよう咲き誇りなさい」・・・今自分は、そんな風に生きられているだろうか。咲き誇れているだろうか。
「・・・一架ちゃん」
「何?」
「私ね、今とても幸せなの。憧れていただけの人が、急に近くなって、もっとどきどきさせられて。こんなに近い人だったんだ、遠くにいるだけの人じゃなかったんだって、思えるようになって。でもそれって、全部、全部一架ちゃんのおかげなんだよ。一架ちゃんがきっかけを作ってくれたから、私はこうしてここにいられる。真田くんや、テニス部のみんなと仲良くできてる。全部、一架ちゃんのおかげ」
「・・・」
「でも、それだけじゃダメなんだよね、きっと。自分の足でもちゃんと立って、前を見なきゃいけないんだよね」
が一架に顔を向ける。小さく笑った顔には決意の色があった。
「私、言ってみる。すぐには難しいけど、タイミングがとれたら、真田くんに、自分の想いを伝えてみる」
「・・・うんっ、頑張って!」
「うん!」
二人は笑い合い、布団に潜りなおす。窓の外では白い雪が舞っていた。綺麗な雪を見て勇気を出せと言わんばかりの美しさだった。
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