雨の日に
空からシャワーのように降り注ぐ雨を、は眺めていた。下校の途中で、初めは降っていなかったのだ。だがぽつりぽつりとし始め、やがてひどくなっていき、この中はさすがに帰れないと、今現在雨宿りをしている。背にあるのは、和風のなかなかしっかりした門。あまり見るのも失礼かなと、ちらっと見ただけで表札すら確認していないが、少しだけ雨宿りさせてくださいと心の中で呟いた。
いつ止むかなぁとぼーっと空を見上げていたのと、雨で足音や気配が相殺されてしまったのとで、は近づいてくる人物に気づく事が出来なかった。
「不二・・・?」
「え?」
驚いて声のした方を見ると、そこには傘をさしたクラスメイトがいた。日吉は珍しく表情を変え、驚いている。
「なんでお前がウチの前にいるんだ?」
「ウチ・・・?え、ここ日吉の家なの!?」
バッと門を振り返る。表札を確認すると、確かに『日吉』と書かれていた。
「うわー、すごいお家に住んでるんだねぇ」
「・・・そうでもないだろ。で?お前はなんで・・・」
言葉は途中で切れた。日吉が、の濡れた頭や肩に気づいたからだ。
「・・・とりあえず、寄って行くか?」
「え?」
「そのままだと風邪ひくだろ。タオルくらいは貸してやるよ」
「・・・・・いいの?」
ぱちくりと日吉を見たあと、は控えめにきいた。そうしている間にも日吉は門に手を掛けている。
「駄目なら言ってないだろ。はやくしろよ」
「あっ、うん!」
慌てて日吉のあとに続き、はその門をくぐった。
日吉が「ただいま帰りました」と言うあとに、緊張しながら「おじゃましまーす」と声を出す。すると、ぱたぱたとスリッパの音をたてて誰かが玄関にやってきた。
「おかえりなさい、若さん」
若い、と思った。お姉さんだろうか。だが、兄はきいたことあるが姉がいるとは初耳である。
「あら?・・・まぁ、若さんが女の子を連れてくるなんて!明日は雪かしら・・・」
「・・・変な事言わないでください。門の前でクラスメイトが雨宿りしていたので、冷えるしと思って中に入れただけです」
「ふふっ、優しいわねぇ、若さん」
彼女が笑うと、からかわないでください、と日吉が照れた。
(あ・・・こんな顔もするんだ)
家族の前だとやはり少しは気を張らなくていいと思えるのだろうか。
「ようこそ、私は若の母で美月といいます」
「・・・お、かあさま!?」
思わず大声を出してしまった。母と自己紹介した美月は、驚きに目を丸くしていたが、またふふっと笑った。
「あ、すみません。お若いなぁお姉さんかなぁと思っていたものですから・・・」
「あら、ありがとう。嬉しいわ」
「あまり言うと調子に乗るからやめてくれ」
はぁ、と呆れた日吉がため息をつく。
「あたし、不二っていいます」
「ちゃんね。女の子っていいわねぇ。ウチは娘がいないから」
中へどうぞ、と言われてお邪魔をする。だが部屋に入る前に美月は止まった。
「結構濡れてしまってるわね・・・お風呂に入る?」
「えっ、いえ、そんな・・・!」
「雨はしばらくやみそうにないし・・・。その間に制服も乾かしておきましょう」
「え、あの」
「その後はお夕飯も一緒に食べて帰ってちょうだいな。ね?」
次々に言いたてる美月に戸惑い、は目で日吉に助けを求める。日吉は、あきらめろ、とかぶりを振った。
「・・・じゃあ、お言葉に甘えて」
「そうこなくっちゃ!さ、お風呂場はこっちよ。若さんも着替えていらっしゃいな」
「はい」
こうしては美月に押しきられ、お風呂と夕飯をちょうだいすることになったのだった。
電話のコールが鳴る。3コール目で、音は途切れた。
「はい、不二でございます」
『あの・・・さんのクラスメイトで、日吉といいます』
「あら、いつもがお世話になってます」
いえ、こちらこそ、と日吉が返す。が風呂に入っている間に連絡しておこうと、日吉は不二家に電話をかけたのだった。
「はまだ帰っていないのよ。どこ歩き回ってるのかしら」
『そのことなんですが、さんは今、ウチに来ていまして・・・』
「あら、そうなの?」
『はい。ウチの前で雨宿りをしていて、濡れていたし、母が風呂をすすめて、今入っているところです』
「あらまぁ、お世話になって・・・」
『夕飯もすすめていたので、それもこちらで済ませることになりますが、大丈夫でしょうか』
「えぇ、大丈夫よ。ごめんなさいね、ご迷惑かけて」
いえ、と日吉が小さく呟いた。こちらこそ、ウチの母が強引に押し切って。
「日吉くんのお宅にいるなら安心ね」
『え?』
「ったら、家で話す学校の話が、大半日吉くんなんですもの」
『・・・・・』
ふふっと電話越しにきこえてくる。自分の母と同じ笑い方だ、と思う反面、若干、照れていた。
「今度はぜひ、ウチにも遊びにいらしてね」
『ありがとうございます』
では失礼します、と電話をきる。ふう、と息をついて、さきほどの言葉を思い出す。
家で話す学校の話が、大半日吉くんなんですもの。
どれだけ友達いないんだよあいつは、と思う反面、嬉しいと思ってしまっている自分がいる。
それが顔に出てしまっていたのか、風呂から上がったに、「どうしたの日吉、なんかご機嫌だね?」と言われてしまった。
日吉家の団欒に混ざり食事をいただいた帰る頃には、雨は上がっていた。
「ありがとうございました、お邪魔しました」
「またいつでもいらしてね」
「はい」
笑い合う女二人。どうやらここで友情が芽生えたらしい。日吉は静かにため息をついた。
「では、送ってきます」
「お願いね、若さん」
「え、いいのに」
が言うと、母子の視線がに集中する。
「駄目よ、もうこんな夜なんですもの。ちゃん可愛いから、変な人に襲われてしまうわ」
「いやぁ・・・それはどうなんでしょうか」
「若が一緒なら安心よ。これでも有段者だから」
そういえば、日吉の家は古武術の道場をしているのだっけ、とは思い出す。日吉のテニススタイルも、古武術を混ぜたものだ。
「あたしも習ったら強くなれるかな?」
「無理だろ」
「えー!」
日吉に即答され、が頬を膨らませる。そのやり取りに、美月が笑う。
「もう、この子はどうしてそこで、お前が強くならなくても俺が守ってやるの一言も言えないのかしら?」
「へ?」
「何を言っているんですか!・・・行くぞ!」
「えっ、あ、待ってよ!」
足早に歩いて行く日吉の後を、慌てて追う。ぺこりと美月におじぎするのを忘れずに。美月は二人の背中を眺めて呟いたそうな。
「ちゃんが若さんのお嫁さんになってくれたらいいのに」
家の中に入ったときの美月の機嫌のよさに、日吉の兄は首を傾げたという。
「母さんのアレ、本気にするなよ」
歩いている途中、不意に日吉が言った。
「アレって・・・守ってやる、ってやつ?」
「・・・そうだ」
恥ずかしいのか、とは目を合わせずに答える。
「守ってくれないんだ?」
「おまえな・・・」
「でもあたしは、守ったり守られたりがいいな」
の言葉に、日吉は目を丸くする。は笑っている。
「守られてばっかりって、なんか嫌じゃない?だからあたしも強くなって、大事なものを守りたい」
真っ直ぐ前を見る横顔に、日吉の胸が揺れた。
(・・・くそ)
日吉は自分の頬が熱を帯びるのを感じ、足をはやめた。
「日吉ー?」
「・・・なんでもない。はやく帰らないと心配されるぞ」
熱が冷めるまで、がぎりぎり追いつけないはやさで歩こう。この赤くなった顔を、見られたくないから。
不二家にを送っていくと、兄・周助がにこやかに出迎えてくれたという。
―――――
日吉のお母さま捏造。不二家母もこんなだっけと思いながら書いてました。
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