The incident occurred
あの言葉が忘れられないまま、ひと月が流れた。俺は、変わらず加戸部さんの所に行っている。
加戸部さんはなにも言わない。あの言葉の意味も、あれを言われた俺が、いまだに彼女のそばに行っている事も。
そんなある日の放課後。部活終わりに、もう少し打とうかと校舎裏に行くと、誰かが倒れているのが見えた。
小柄で、白い肌。見覚えのある髪色。まさか。まさか。
「加戸部さん・・・!?」
血が通っているのかどうかもわからない青白い肌。意識は、無いようだ。
「加戸部さん!?加戸部さん!!!?」
呼んでも返事がない。一気に血の気が引いた。
不意に、加戸部さんがいつも飲んでいる赤い錠剤が浮かぶ。失礼をして、スカートのポケットに手を入れてみるけど、いつも持ち歩いているポーチが無かった。もちろんピルケースもない。
「どうしたら・・・」
軽く辺りを見渡して、目に入ったのは携帯電話。彼女のそばに転がっていたそれを拾い上げ、アドレス帳を開く。
「famiglia・・・イタリア語で、家族?」
家族なら、どうしたらいいかわかるかもしれない。そう思ってfamigliaのフォルダを開き、目についた“fratello”にコールを掛ける。これはなんだったか・・・確か、兄?
『どうした?』
2コール目で出たその声に、一瞬動きが止まる。
「あとべ・・・?」
『あん?だれだ?』
「・・・立海の、幸村だ」
『幸村・・・?なぜお前がの携帯からかけてくる?』
なぜ跡部が出たか、はいまはどうでもいい。加戸部さんが先だ。
「倒れていたんだ、あの子が。いつも飲んでいる薬も持っていないみたいで・・・」
『あれを持ち歩いていないだと?んなばかな・・・』
跡部が少し沈黙する。
『・・・まぁいい。それはあとだ。いまどこだ?』
「学校の・・・北門の近く」
『わかった、今から行く。おまえはそこでを安静にさせてろ』
「・・・わかった」
いまは跡部を待つしかない。それがもどかしく、腕の中の彼女が、消えてしまいそうで、こわかった。
キィッ、バンッ、と音がして、さらにコツコツと足音が聞こえ近づいてくる。
「幸村」
呼ばれて振り向く。と、そこに跡部が立っていた。
「の様子は」
「意識を失ったままだ・・・」
「・・・そうか」
跡部がそばにしゃがみ込み、ポケットからピルケースを取り出す。加戸部さんが持っている物の、色違いのようだ。
跡部がピルケースから出したのは、加戸部さんがいつも飲んでいる、赤い錠剤。跡部はそれを口に含み、カリッと噛む。
そのまま加戸部さんを抱きかかえ、唇を合わせた。ごくり、と加戸部さんの喉が鳴る。
「・・・これでひとまず大丈夫だろう」
唖然としている俺から加戸部さんを掬い上げ、歩いていく。
「あっ・・・とべ!!」
「・・・を発見し、そばにいてくれたことに関しては礼を言う。お前はここまででいい」
「・・・状況を聞く権利くらいは、あるんじゃないか?」
「・・・・・」
退く気は無い。
「心配なんだ、彼女の事が。教えてくれないか、彼女の病気のこと、おまえと、彼女の関係を」
「・・・いいだろう。乗れ」
言って再び歩き出す。その跡部に頷き、俺は跡部に続いて、跡部家の車に乗り込んだ。
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The incident occurred
「事件は起きた」
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