The first day
彼女を目にした瞬間、時が止まったように思えたんだ。
夏。これから秋に移り行く9月。転校生が来た。
どこか外国の血が混ざっているのか、金よりの茶髪に、少し深い青の瞳。その左目の下には泣きボクロ。背はおそらく150半ば。
彼女の名前は『加戸部』。変わった苗字だな、と思った。けれど、それよりも俺は、彼女に魅入っていた。
全国大会、準々決勝後に見かけた彼女。時を止めた、彼女。その彼女が今、すぐそこにいる。
簡単に挨拶をする表情は、無。愛想笑いひとつしない。そういえば、あの時も笑ってはいなかった。
先生に促されて彼女がこちらに歩いてくる。空いている席はここの隣だけだ。
「俺は幸村精市。よろしく」
「・・・どうも」
“どうも”
よろしく、と言ってどうもと返って来たことに違和感を感じた。
HRはあっという間に終わり、1時限目までの休憩時間。クラスの女子が隣の席に集まって質問責めを始めた。転校生が来た時のお約束。
ちら、と隣に目を向けてみれば、女子たちの隙間からちょうど彼女が見える。女子に囲まれて質問責めに合う彼女の表情は、どこかおかしかった。
何かを我慢しているけど、それを悟られない様にしているような。視線は下を向いたまま、彼女たちに向けられることはない。そして。
「・・・関係、ないでしょ」
ずっと黙っていた彼女がやっと絞り出したのはこの言葉だった。女子たちが機嫌を損ねて自席へ戻って行く。
その後彼女がホッとした表情をしていたのを、俺は確かに見た。
「あれが噂の転校生?幸村くん」
1時限後の10分休憩。ブン太が来た。廊下に出て窓から彼女を見て、ブン太は言った。
「噂?」
「『美人なのに愛想笑いひとつしない無表情なお人形さん』ってさっき女子が言ってたぜぃ」
「・・・なるほど」
確かに。彼女は笑わないどころか表情もほとんど動かない。まるで人形のよう、と言うのもわかる気がする。
これに変に尾ひれがついて広まったりするんだろうか。それは嫌だな。
彼女を見れば、何か本を読んでいた。また質問責めをするような女子たちは周りにいない。
「幸村くんの笑顔もきかなかったって聞いたけど」
「・・・俺の笑顔にはなんの特性も無いよ」
悪意はこもっていなければ、だけど。
「なんなんだろうなぁ。性格?」
「さぁ・・・どうなんだろうな」
「笑えば絶対可愛いのにな。っと、チャイム鳴っちまったぜぃ。んじゃまたな!」
「あぁ」
2時限目開始のチャイムが鳴ってブン太は急いで隣のクラスへ駆け込み、俺も席に戻った。
加戸部さんの顔をちらりと、横目で見、確かに笑うと可愛いだろうな、と思った。
昼休み。彼女は弁当が入っているらしい袋を持って教室を出た。今日は偶然弁当の俺は、こっそり彼女の後を追った。
ついたところは1号館の裏だった。ここは滅多に人が来ない。1人になりたいから来たのだろうけど、転入初日の彼女がなぜここを知っているんだろう。
「・・・・・隠れてないで、出てきたら?」
「!」
壁に隠れていたことを見透かされて肩がびくりと震えた。
いつから気づいていたんだ?とにかくこのまま隠れているわけにもいかず、彼女の前に姿を現した。
「・・・なんで、って顔してるね。人の気配には敏感なの」
そう言って広げた弁当に箸をつける。
「・・・座れば?別に、逃げないよ」
「・・・それじゃあ、お言葉に甘えて」
彼女の隣に、一人分スペースを空けて座る。言葉が見つからないまま、弁当を広げて口にした。
「・・・ごめん、勝手に追って来たりして」
口からやっと発せられたのはそれだった。ある意味、ストーカー行為だ。
いくら気になっている子とはいえ、これは、よくない。嫌われても、おかしくない。
「・・・別に。最初からわかってたし、あんたは・・・別に悪い感じしないし」
「え?」
そんな声がもれるけど、彼女は無表情のまま箸をすすめる。何気なく弁当を見ると、量は少ないけど、豪華な品ばかり。
「美味しそうだね」
「・・・食べる?今日はもういらない」
「え?」
ずいっと差し出される弁当箱を受け取ってしまった。元々少量なのが半分くらいしか減っていない。
自分の弁当もまだ結構残っているけど、部活でお腹がすくし、いただいておこうか。でも。
「・・・関節キス、になるけど、いいの?」
「別に・・・私に害がある訳じゃないし、実際にキスする訳じゃないし」
「・・・・・」
全く気にしない様だ。気にした俺が馬鹿みたいだ。少し肩を落としながらおかずをいただく。あまりの美味しさに、気が晴れた。
「美味しい!」
「・・・良かったね」
こちらを見ずに言ったそれは、ただの相槌だった。彼女を見れば、ピルケースからタブレットを一つだして口に入れた所だった。
カリッと彼女の口の中でタブレットが砕けた音がした。食欲がない分の栄養剤だろうか。それにしても。
(赤・・・)
赤い錠剤なんて初めて見た。市販のじゃない、特別なものなんだろうか。
結局聞く事は出来ないまま、昼休みは終わった。
放課後。部活の途中先生に呼ばれた俺は教室の前を通りかかった。そしてふと、一人だけ残っているのが目に入る。
「寝てるの?」
「・・・起きてる」
机に突っ伏していた彼女が顔を上げた。眠そうにしていたんじゃないにしても、無表情ではなんだか眠たそうに見える。
「帰らないの?」
「・・・迎えが来るまで帰れない」
家が遠いのか、過保護なのかはわからない。ただ、俺たちみたいに電車通学というわけではないようだ。
「そのくらいで来る?」
「・・・あと10分くらい」
なら、少しは話せるかな。もうすぐ部活も終わるし、もしかしたら終了には間に合わないかもと真田に言ってあるから大丈夫だろう。
「突然で悪いんだけど、戸加部さんって、もしかして、同性恐怖症とか、だったりする?」
「!」
今朝の様子を思い出して聞くと、驚いたようにびくりと震えた。図星なのだろう。
「なんで・・・」
「今朝、女子に囲まれてるとき、何か必死に我慢しているみたいだったから」
「・・・・・」
「なにか、あったの?」
「・・・・・あんたには、関係」
無い、という言葉が続かなくて良かったと思った。最後まで聞いてしまっていたら、口を開けない気がする。
彼女の言葉が途切れたのは、電話が鳴ったからだった。
「・・・はい。・・・思ったよりはや・・・くはないか。東門?わかった、今から向かう」
どうやら迎えが来たらしい。ピ、と通話を切って鞄を手にする。
「ねぇ」
もう行ってしまうのか。そう思っていたら声を掛けられた。
「東門って、どこ?」
「東門ならテニスコートの・・・いや、一緒に行った方が早いかな。俺ももう戻らないといけないし、一緒に行こう」
彼女は何か言いたそうな顔をしていたけど、そのまま頷くと、俺の少し後ろを歩きだした。
ふと、テニスコート付近で後ろの人の気配が遠くなった事に気づいて振り向いた。彼女は、どこか遠い瞳でテニスコートを見つめていた。
「テニス、好きなの?」
「・・・わからない」
わからない、とはどういうことだろう。好きでも嫌いでもないということだろうか。
「したくても、できないし」
「え・・・?」
聞き間違いだろうか。口を開こうとしたら彼女が歩を進めた。先ほどより少し早いその歩の先には、燕尾服を着た中年の男性。
「中まで来なくていいって言ったのに」
「申し訳ありません。しかし・・・」
「わかってる。我侭は言わない」
呆然と二人の会話を聞いている。彼女の声のトーンが、今日のどれよりも高く、穏やかだった、ということくらいしか考えられていない。
そんな頭でやっと絞り出したのは、ちょっと頭が悪いかもしれない言葉だった。
「加戸部さんって、もしかして、お嬢様・・・?」
だとしたらあの弁当も頷ける。お抱えシェフとか、いたりして。
「・・・そうなんじゃない?」
もう確信しているのに、返って来たのは曖昧な言葉。彼女俺に背を向けて・・・振り向いた。
「送ってくれて、ありがとう」
そして今度こそ背を向けて、男性と門の外へと歩いていった。
俺の中に残ったのは、あたたかいような、さみしいような、そんな、もやもやした感覚だった。
―――――
やっとこさスタートの幸村夢。
切るトコが見つけられなくて長くなっちゃいました。
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