「わしが雪悸に美味いと言わせてやろう!」
城に来た初日の夜以来、は眠れず部屋を抜け出して城の敷地内にいることは度々あるものの、城外に出て血のにおいをまとわせて帰ってくることはなくなった。喜多によれば、抱きしめて就寝するのだがいつの間にか抜け出しており、喜多が気づいて起きる頃に戻ってくる、もしくは喜多が探しに出るときには屋根の上にいるとのことだ。ひとまず心配はいらないと判断し、今は放っておいている。夜眠ることに慣れるまで時間がかかるのだろう。ではいつ寝ているのかという話になるが、時折屋根の上や木の上で眠っているのが黒脛組や政宗、喜多によって目撃されていた。だがここでひとつ、問題というほどではないが、心配なことが喜多の口からあげられた。
「どうもは、味覚が乏しいようなのです」
言って、少し離れた位置の縁側でぼーっと空を見上げるをちらりと見る。つられて政宗もを見、喜多に視線を戻した。喜多は「様」と呼んでいたが、打ち解けるためにと呼び捨てるようになっていた。反対になぜか、は喜多を「喜多さま」と呼んでいる。
「今までろくなものを食うておらんじゃろうからのう」
「それが、苦いもの、自分で美味しくないと思ったものに対しては眉間に皺を寄せるなど苦顔になるのです。ただ、彼女の口から“美味しい”という言葉をきいたことがないのです。物を食べて嬉しそうな顔を見たことがないのです」
「なるほどのう・・・」
ふむ、と政宗が思案顔となった。「美味いという言葉を知らんだけではないのか」と政宗は一度口にしたが、ならば顔で表すだろう。感情が乏しいといえど、苦手なものには苦顔で示しているのだから。そして「よし!」と政宗が膝を叩いた。
「わしがに美味いと言わせてやろう!」
「まぁ、なにかお考えが?」
「ようはとにかく美味いものを食わせてやればいいのじゃ!」
腕が鳴るのう!と意気込む政宗に、確かにそうなのだが単純だ、と喜多は密かに苦笑したのだった。
以後政宗は、自ら腕を振るってに料理を食べさせた。山の幸、川の幸、海の幸・・・様々なものを食べさせてみたが、なかなかに変化は訪れない。一体どうしたら・・・と手がなくなりかけていたとき、ふと政宗は思い立った。料理は料理でも“陣中料理”として開発中の、アレを食べさせてみよう、と。
「!今度こそ美味いと言わせてやるぞ!」
「?」
ずかずか歩いてきてずいっと政宗がに差し出したのは、小さな皿。その上にちょこんといくつかの餅が乗っている。緑色の豆を砕いたものを乗せたそれは、にはなんだか不思議な食べ物に見えた。
「豆打餅じゃ!」
「・・・ずんだ?」
「ずだじゃ、馬鹿め!とにかく食え!」
「・・・ん」
は皿を受け取り、箸を手にしてそれを口に運ぶ。ぱち、との目が瞬いた。ぱち、ぱちと瞬きをして、ごくんと喉が鳴る。反応はどうだ、と政宗が身構えた。はというと、目を瞬かせて、皿の上に残っている餅を見つめている。
「・・・・・おい、しい」
「!まことか!?」
「ん・・・なんか、ほわって、安心する・・・。多分、おいしいって、ことだよ、ね?」
「うむ!そのとおりじゃ!」
「わ」
政宗はやっと美味いと言わせられたことが嬉しくて、がしがしとの頭を乱暴になぜた。は餅をこぼさないようにしながら手を払うようにふるふると頭を振る。そして政宗が手を離すと、餅を食するのを再開した。よほど気に入ったようで、餅を口にしたの目元はほころんでいた。こんな表情を見るのは政宗も初めてで、確かな手応えを感じた。はこれから変わっていける。そう確信した政宗であった。
それからの好物は豆打餅と周囲に認識され、またが豆打餅ではなく「ずんだ餅」と言うので、その餅の名前は「ずんだ餅」に認定されたのであった。
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