大坂のまちは、寒い冬に包まれていた。吐く息は白く、道行く人々は身を縮こまらせている。かくいう真田幸村も、鍛えているし厚着もしているのだが、さすがに寒いと感じていた。そんな幸村がふと、一点に目を留めた。ぽつんと一人佇む少女。軽く上を見上げ、まるで空から雪が降るのを待っているかのようだった。
(・・・氷、鬼)
彼女はそう呼ばれているときいた。一見ごく普通の少女だが、基本的に無表情でなにを考えているかわからず、鬼と言われる所以はなんでも“血を好む”のだとか。
(とてもそうは、見えないが・・・)
ごく自然に観察してしまっていた幸村は、ふと彼女が薄着であることに気づいた。そういえば彼女がいつもそばにいる伊達政宗が、「いつも薄着で外に出る。風邪を引くから上に着ろと言ってもきかんのだ」と言っていた。幸村の足はすでに動いていた。近づいていくが、彼女は未だ上を見つめたまま。
「殿」
「・・・?」
呼べばゆるりと顔が幸村の方に向けられる。そして、こてんと首が傾げられた。
「・・・誰?」
「あ・・・真田幸村、です」
認識されていなかったようで、慌てて名を名乗る。は「ふーん」とでも言うような目で幸村を見つめていた。
「その・・・そんな薄着で、寒くはありませんか?」
「・・・?奥州の方が、寒いよ?」
当然のことをなぜきくのか、と言われたようで、幸村は思わず「あ」とこぼした。根本はそこではないということを忘れてしまったかのように。
「そ、そうですよね。すみません、余計なことを」
「・・・」
はなにも言わない。ただじっと幸村を見つめているだけだった。そして見つめ合うこと数分・・・いや、もしかしたら数秒だったかもしれない。そんな沈黙をやぶったのは第三者の声だった。
「!」
呼ばれ、がぴくりと反応してそちらを向く。幸村もそちらに顔を向け、を呼んだ人物を確認した。
「政宗殿」
「ん?何故幸村が一緒におるんじゃ」
「たまたまお見かけして、寒そうだったので声をおかけしたのです」
政宗は「そうか」とだけ返し、に向きなおった。
「ほれ、幸村にも心配されておるではないか。またなにも羽織らずに出おって」
「・・・」
「ほら、こいつを羽織っておれ」
ばさっと政宗がに羽織をかける。それは政宗のものにしては少々大きいもののように見えた。は羽織をくんとかぐと眉を寄せた。
「そうしかめ面するでない。貴様が小十郎のにおいを好いていないのはようわかっておるが、わしのが手元になかったんじゃ」
「・・・やだ」
は自分の身にかけられた羽織をはぐと、政宗につきかえした。いつも自信に満ち、曇りを見せない政宗が小さくため息をつく。どうやらこの件に関しては手を焼いているようだ。そんな二人の様子を見て、幸村は「そうだ」と自らの肩に手をかけた。
「殿、よろしければ私のをお使いください」
「幸村、はにおいにはうるさいぞ?」
「・・・・・」
はしばらくじっと幸村に差し出された羽織を見つめていたが、やがてそれを受け取って羽織ってみた。くん、と鼻をうならせると、ぱち、と目が瞬く。
「・・・・・、幸村のにおい、嫌いじゃない」
「なにっ!?」
「それはよかったです」
幸村が笑みを浮かべると、も小さくはにかんだ。
(あ・・・)
すぐにいつもの顔に戻ってしまったが、その小さな笑みはまるで雪原に咲く小さな花。冰鬼などとは思えない儚い花。幸村は寒さなど忘れたように、暖かい笑みをへと向けるのであった。
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