小田原城内を何気なく歩いていた甲斐姫は、不意に鼻が捉えた香りに足を止めた。
(この匂い・・・どこから?)
甲斐姫は、匂いが強まる方向を探し、そちらへと足を進めて行った。
強まっていく香りを頼りにたどり着いたところは、主君の弟君であるの部屋だった。開け放たれているその部屋を、甲斐姫はそーっと覗き込む。
「・・・様?」
「ん?あぁ、甲斐さん。どうしたの?」
は部屋の中央に座り込んで何やら作業をしていた。その手元には粉物や乾物の入れられた陶器がいくつか並んでいる。
「いえ、あの、なんかいいにおいがしてるなーと思って」
「あぁ、薫物をしてたんだよ」
「薫物・・・って、貴族のタシナミってやつです?」
「そう、それ」
に手招きをされて甲斐姫が部屋へと足を踏み入れる。のそばに甲斐姫は腰を下ろした。
「義元公に教えてもらってね、自分でも試してみてるんだよ」
「ふぅん・・・」
「甲斐さんもやってみる?」
「えっ?」
じっとの手元を見ていた甲斐姫は、振られた話に驚いてぱっと顔を上げる。どう?とが笑いかけてくるのに「えっと・・・」とかるく目をそらした。
「あたしはそういうの、得意じゃないんで・・・」
「やってみないとわからないよ?」
「そうですけどぉ・・・」
「・・・女性がこういうのできるのっていいなと思うけど」
ぼそりと呟いた言葉に、ぴたりと甲斐姫が動きを止めて、ちら、との手元を見る。いくつもの粉と乾物をひいてあわせて・・・という細かい作業が果たしてできるのか。だが、これができれば女を磨くこともできるのだろう。
「やります!」
「いい返事だね、それじゃ、やろうか」
はにこりと笑い、甲斐姫に新しい陶器を手渡した。
組み合わせは、ひとまず適当。このくらいか、あのくらいかと試行錯誤しながら落ち着き、一晩置くことになった。翌日甲斐姫がの部屋を訪れると、いいところに来たねとは彼女を招き入れる。そして、昨日あわせた香を取り出してきた。
「・・・・・」
「どうかな?」
「様のいい香り!それに比べて・・・うう、あたしのなんか、変じゃないです・・・?」
合わせがうまくいかなかったのか、甲斐姫のそれはよくある香とは少々違う香りを放っていた。一方のものは、店でも売っているような出来である。
「そうかな?俺は甲斐さんの香り、好きだけどな」
「えっ、そ、そうですか!?」
「うん、甲斐さんらしくていいと思うよ」
「・・・それって、あたしが凄まじいってことですか?」
それについてはあえて何も言わず、こちらも昨日作っておいた香袋を取り出す。そして内袋に少し香を詰めた。
「甲斐さんの、俺が持ってていいかな?代わりに俺のを甲斐さんにあげるから」
「いいんですか?」
「うん」
自分の香を詰め、甲斐姫に渡す。わぁっと声をあげて甲斐姫は嬉しそうに胸に抱いた。
「ありがとうございます!様!」
「どういたしまして。こちらこそ、ありがとう」
小さな巾着を顔を前まで上げて見せるとは笑った。お互いの香袋を持つ。甲斐姫は深く考えてはいなかったようだが、はこの出来事を心より大切にしようと胸にしまいこんだ。
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