思えば、出会ったそのときから、その笑顔に恋をしていたのかもしれない。
北条家当主である兄・氏康が彼女を連れてきたのは突然だった。
「忍城の成田氏長の娘だ。これからここで預かることになった」
「甲斐、です」
小さく頭を下げた少女を、はそれほど興味なさそうに内心「ふーん」と呟いた。しかしそれはすぐに打ち破られることになる。
「氏康公の弟で、です。よろしく、甲斐姫」
「はい!よろしくお願いします、様!」
「ッ!」
ぱっと顔を上げて笑った顔があまりに輝いていて、眩しくて、の心は一瞬にして光に満ちたのであった。
甲斐姫はよく駆け、よく遊び、よく励み、よく笑う女子だった。当主の末の弟ということで特に地位もなくただ流れていたは、甲斐姫によって救われていった。歳もひとつしか変わらず、と甲斐姫は良い遊び相手、鍛錬相手となっていた。いつしかは甲斐姫を「甲斐さん」と呼ぶようになっていた。
「甲斐さん、あんまり走ると転ぶよ?」
「大丈夫ですよ!だいじょう、ブッ!!」
「あーあ・・・いわんこっちゃない」
手を貸して引き上げてやれば、えへへと笑う。そのちょっと不細工な笑顔すら、には太陽のように思えた。この笑顔を守りたい。そう思うようになったのはいつからか。自覚してこの
女が愛しいと思うようになったのはいつからか。いつからかなんて、そんなことはどうでもよかった。この笑顔を曇らせたくない、太陽のままでいてほしい。ただそう願うだけだった。
「甲斐」
不意に呼び捨ててみて驚いて照れる顔も好きで、この表情が自分だけのものだったらいいのにななんて思っていた。だが甲斐姫は兄を慕っている。それが恋心か忠誠心かはにはわからなかったから、想いを告げることは、できなかった。氏康に向ける顔はに向ける顔とはまた違っていて、ひそかに兄をうらやましいと思うこともあった。おそらく本人以外の家族にはバレバレなこの想いは胸に秘めておこう。そう思い、は今日も甲斐姫のそばにいるのであった。
Created by DreamEditor