日ノ本を二分させた関ヶ原の戦いから約十五年。十五年前には捨ておいた豊臣秀頼が動きを見せているとの情報を得た徳川家康は、泰平の世のため、豊臣勢を殲滅するために挙兵した。めざすは豊臣が居城にしている、大坂城。そこには北条、早川殿らの“家族”もいた。
「・・・叔父様・・・」
「ん?どうした?早川」
「あの・・・」
言い出しにくそうな早川殿には苦笑してその頭を撫でた。彼女はもう家族と戦う覚悟はできているときく。それでもこうしてのことを案じているのだった。
「早川、ひとつ、頼みがある」
「はい」
「俺がなにをしても、どういう結果になっても、自分は関係ない、が勝手にやったことだと、言ってくれ」
「叔父様・・・?なにを・・・」
早川殿の不安そうな表情に、はやはり苦笑を見せた。
「俺はやっぱり、“俺の宝”をあきらめきれないんだよ」
その言葉を早川殿は即座に理解し、目を瞠った後泣きそうになるのをこらえ、しっかりと頷いて見せた。
大坂城が見えてくると、は“宝”がどのあたりにいるかを考えた。彼女のことだから、奥の方で大人しくしているわけがない。こちら側の進入を防ぐために前へ出てくるだろう。
「・・・今、行くよ」
家康の号により、開戦された。
は、単騎だった。無茶だと言われても、振り切った。ただ馬を駆けらせる。宝に手を届かせるために。そして、見えてきた。十五年前の上田城では直接会うことはなかった。何年ぶりだろうかという再会である。凛と立つそのいくらか離れたところで止まり、馬を下りる。彼女の顔が驚きと戸惑いに染まったのがわかった。
「・・・久しぶりだね・・・甲斐さん」
「・・・様・・・」
甲斐姫が震えたのがわかった。だが、も内心では震えていた。今から選択肢を出す。その答えによって、道が大きくわかれるのだ。
「ぶっちゃけた話していい?」
「なっ・・・なんですか」
緊張感が漂っているはずなのに緊張感のない、今までと同じ口調で言われ、甲斐姫は少々戸惑う。
「俺、徳川だとか豊臣だとか、正直どうでもいいんだよね」
「・・・はぁっ!?じゃ、じゃあ様はなにしにここに・・・」
「わからない?」
ピン、と何かが張りつめて、甲斐姫は一瞬息をのんだ。が間を空け、やがて口を開いた。
「俺は、俺の宝物を取り戻しに来たんだよ、甲斐」
互いに武器は手にしたまま、対峙していた。甲斐姫は大きく深呼吸しながら、の言葉に向き合う。
「宝物、って」
「もちろん、俺の宝物は“家族”。甲斐のことだよ」
「あた、し・・・」
「・・・甲斐が秀吉殿の側室に入ると報告に来たとき言ったことを、覚えてる?」
「っ」
さよなら、愛しい人
あのときの情景が甲斐姫の脳裏によみがえった。はそれを感じ取り、続ける。
「あれで終わらせるつもりだったんだけど・・・俺は案外未練がましい男だったらしい」
の視線がまっすぐ甲斐姫をとらえる。
「愛しい人、俺は貴女を迎えにきた。このまま俺と共に逃亡するか、・・・それでも豊臣のために果てるか・・・選んでくれ」
甲斐姫は音もなく荒く呼吸を繰り返した。声にならない声が唇を動かす。混乱する頭で考え、決意を絞り出す。そして、甲斐姫の唇が、震えた。
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