大坂夏の陣から数ヶ月。直江兼続の元に、一通の文が内密に届けられた。表に差出人の名は無いが、兼続は自分の名を書くその筆跡に覚えがあった。手が震えるのをなんとか抑えながら、兼続は文の封を解いた。
直江兼続殿 江
前略
この文は、こちらを抜け出す前にしたためております。
私たちはこれより、死地へ向かいます。武の魂をもって、意地を貫き通すために。上杉は徳川に下ったと聞き及びました。かの場所では対峙するやもしれません。その時は、手加減無用にございます。たとえ私を討ち取ることとなろうとも。私も全力で挑ませていただきます。とは言うものの、これをお読みになるのは戦後でございましょうが。
このような形でお伝えすることを卑怯と言われても構いません。それでもお伝えだけはしておきたく筆を動かさせていただきます。
兼続殿には多くのものをいただきました。兼続殿のおそばにいるときは、元気を、勇気をいただきました。兼続殿はまるで、私の日輪でした。兼続殿といれば、私まで明るく照らされているようでした。
兼続殿、私は、貴方を愛しております。この身はすでに果てていようとも、貴方を愛するこの想いは永遠に残ります。私の想いが兼続殿をお守りできればと思います。
世は泰平を迎えるのでしょう。その先に何があるかはわかりません。ですが、私はただ願うだけでございます。兼続殿、どうか生きてくださいませ。泰平の世を、少しでも長く。
もし生まれ変わることができるのであれば、再び貴方と巡り合い、そのときは、もっとはやく、想いを伝えたいと思います。
私は貴方と出逢えて幸せでございました。この溢れ出る感謝の想いが、貴方へ届きますように。
恐惶謹言
貴方を愛する 桜
兼続は文を手にしたまま拳を握るのを堪え、文を胸に抱いた。肩は震え、固く閉じた瞼の端から涙がこぼれ落ちる。
「殿・・・っ!」
同じ想いを抱いていたのに刃を向け合うこととなってしまった人。乱世の宿命はなんと重く苦しいのだろうか。
兼続は天を仰ぎ誓った。天命尽きるまで生き続けよう。そらで見守る大切な人に、己の目を通じて泰平の世を見せる為に。天命尽きた後、愛する人に自分が生きた世界を語る為に。
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