直江兼続は、そのそびえ立つ城を苦々しい面持ちで見つめていた。関ヶ原の戦いで敗北した上杉は東軍に投降し、徳川につくこととなった。それにより、今現在大坂城に立てこも

っている友と敵対することになってしまったのだった。またその城には兼続にとって友とは別に大切だと想う人物がいる。大切な者たちと戦うことが、兼続にとって苦痛で仕方が

なかった。




















開戦されると、徳川軍はまず真田丸を落としにかかった。真田丸は大坂城の守りの要。ここが落とせなければ大坂城に攻め入るのも手厳しい。しかしやはり一筋縄ではいかず、砲

撃したり、とにかく攻めたりと、全力で真田丸を落としにかかった。そしてついに、兼続は真田丸を突破した。


「来ましたね・・・兼続殿」

「ッ!」


門を抜けた先で待っていたのは、真田。友・幸村の姉で、兼続のもう一人の大切なもの。


殿・・・」


ぐっと右手の宝剣を握りしめる。戦いたくない。その思いが兼続の中にあった。しかしその思いに反してはスッと双刃刀を構える。


殿、私は・・・!」

「・・・武器を構えてください、兼続殿」

「私は!貴女と戦いたくはない!!」

「・・・・・」


兼続の主張をきき、は一度目を伏せた。あちこちで仲間が、敵が、戦う喧騒がきこえてくる。


「・・・きこえますか?兼続殿。みなそれぞれの思いをもって、戦っています」


そして目を開け、兼続をまっすぐ見つめた。


「貴方は私の武人としての誇りを汚すというのですか?」

「ッ・・・!」


兼続は息を詰まらせた。はこれほどの覚悟をしている。それなのに、自分は。


「・・・申し訳ありませぬ、殿・・・直江兼続、いざ、参る!!」


真田の枝と、上杉の花が、今火花を散らす。






















甲高い金属音と男女の咆哮が辺りに舞う。何度も打ち合ってはさがり、また打ち合う。所々札による術を仕掛けてくる兼続に、は少々苦戦していた。しかしそれでも負けず劣

らず張り合っていた。


(さすがは幸村、信之殿の姉君。一筋縄ではいかんな・・・)


術でうまく隙を突いていくしかない。兼続はぐっと手に力を込めた。


「はあああああっ!!」


宝剣を振りかざすとがそれを双刃刀で受け止める。今だ、と兼続は左手の札を突きだした。


「読めていないだとお思いですか」

「なにっ!?」


カチン、と双刃刀の連結部分が外れる。双剣となった刃が兼続の頬をかすめた。


「くっ・・・!」


さがり、形勢を立て直す。両手に一太刀ずつ持ったを苦々しく見つめた。


「もうおしまいでしょうか。あなたの意地とは、この程度ですか」

「意地・・・?」


突然の物言いに兼続は眉をひそめる。


「私も幸村も、武士の意地で戦っております。尽くした主君の為に、戦い抜く意地をもって」

「ッ、そのような意地で、何がなせるというのですか!?」

「私たちが、生きた証を」


が、小さく笑った。だがすぐに険しい面つきに戻る。


「さぁ、戦いはまだ終わっておりませぬ」

殿・・・!」


まだ、まだ戦わなくてはならないのか。兼続は奥で歯ぎしりし、再び咆哮をあげて立ち向かっていった。



















キン・・・キン・・・と、ふたつの刃が弾きとばされる音が響いた。地に腰をつけたの喉元に、宝剣の刃が向けられる。大きく肩で息をしながら、兼続は苦しげな表情を

に向けていた。


「これで・・・貴女の負けです」

「そう・・・ですわね」

「・・・ッ、もう、おやめください!これ以上は・・・どうかこれ以上は・・・!」

「兼続殿、言ったはずです。私は武士の意地をもってここにいる。私の武の誇りを、汚すおつもりですかと」

「しかしッ、私は・・・!」

「兼続殿」


の表情をみて、兼続ははっと目をみはった。は、微笑っていた。


「私は、義と愛を高らかに謳う兼続殿のお姿に、勇気をもらっていました。まるで、日輪のような方だと」

「ッ・・・私は義だの愛だのといいながら、こうして大切なものに剣を向けている・・・なにが、義だ・・・なにが・・・」


兼続が唇をかんだ。最後の願いを込めて、その言葉を絞り出す。


「愛する人を討つなど、私には・・・ッ!!」

「・・・・・」


兼続はそのとき、思わず背けた視界の端で、切なそうに微笑むを見た。そして向けたままの宝剣を握る手を引っ張られた。


「そう・・・愛する人に討たれるのならば・・・本望です」


唇にあたたかいものが触れるのと、剣から伝わって右手に妙な感覚があったのが同時だった。目に映るの口端から紅の筋がうまれる。


・・・殿・・・?」


ずるっと自力で支えることができなくなった身体が地にずれ落ちる。とっさに剣を手放しの身体を支えるが、その身体に刺さったままの剣を目にして瞳孔が開いた。


殿!!!」


なにを馬鹿なことを。そう叫んで剣を抜くがはただ微笑むばかり。止血しようと布を当てた兼続の手にの手が触れた。


「良いの、です・・・兼続殿・・・」

「そんな、こんな・・・!!」

「兼続殿・・・」


赤く染まった手が苦しそうな兼続の頬に触れて、その頬までも赤く染めた。ぽたり、ぽたりと、の頬に透明な雫が落ちてくる。


「ごめんなさい・・・こんな思いを、させてしまって・・・・。けれど私は・・・これで・・・」

「いけません・・・こんな・・・こんな・・・!!」

「・・・」


ぼやけてきた視界でなんとか兼続の顔をとらえる。はもう、“先”を見ていた。


「父上・・・も、もうすぐ、参ります・・・・・幸村・・・先に逝くねぇを、許して、ね・・・・・。信之・・・そして・・・兼続殿・・・」


呼ばれ、兼続の肩が小さく震えた。


「・・・生きて・・・」


の、最期の願い。その呟きを最後に、の瞼は永久に伏せられた。


殿・・・・・殿・・・・・!!!!」


ぎゅっと胸に掻き抱くが、その身体はもう動くことはなく、その瞳が兼続を見つめることも、その笑顔が兼続に向けられることも、もう、無い。真田の枝は、手折られた。


「うぉぉぉぉぉあああああああ!!!!!」


一人の男の叫びが、終わり行く世の中に響きわたった。



















喧噪が弱くなっていても、男は未だその姿のまま、そこにいた。背後で足音がし、彼の数歩手前で止まる。


「・・・すべて、終わりました」


振り向かずとも誰の声かわかった。腕の中で冷たくなってしまった愛しい人の、愛した弟。


「・・・幸村は」

「・・・手負いの身で、一人、大軍勢に」

「そう・・・ですか」



信之は弟の最期を彼の友に告げた後、彼の後ろ姿からかいま見えるものに目を向けた。その視線に気づいてか偶然か、兼続が自ら口を開く。


殿は、私が、討ちまし、た・・・」

「・・・姉上のことです。貴方が拒んでも、あらがったのでしょう」

「・・・・・」


兼続が唇をかんだ。小さな赤い筋がうまれる。


「幸村も、姉上も、武士としての意地を、貫いたのですね・・・」

「・・・信之殿・・・殿から、最期の願いがあります」

「姉上、から・・・?」


大きく息を吸い、吐き、兼続は空を仰いだ。こんな戦いのあとなのだというのに美しい日本晴れで、抑えていた涙腺が緩む。


「あの方は、言いました・・・我々に・・・・・生きて、と・・・・・」

「・・・・・姉上」


二人の男の目に小さな川がうまれた。その川はしばらくの間流れ続け、その悲しみを薄めようとしている様であった。




















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