二度目の生を、この現世に受けた。 いや、実際はもっと転生しているのだろう。ただ今回が、“記憶を持ってうまれた生”というだけで。天下統一を成し遂げた豊臣秀吉の重臣、石田三成は、関ヶ原の戦いのち処刑され、ふと気がつくとこの現世にいた。記憶が戻ったのは唐突だった。戸惑いはしたが、最期があぁだったからか、案外すんなりと記憶を受け入れられた。記憶が戻っても、今この平和な時代での生き方は変わらない。同じ時を生きた者達と再会すれば、多少言い合いなりなんなりあったものの、和解出来る事も多くあった。袂をわかった加藤清正、福島正則とは今生でも幼馴染で、清正は三成と同時期頃に記憶を戻した。正則は記憶が戻っていないが、それはそれで、それもそれでよいのだろうと、2人は思った。 しかし三成には、ふたつ気がかりがあった。ひとつは、主君であった豊臣秀吉。もうひとつは、いつも自分の後ろをついてきてくれていた、約束を果たせなかった少女。
(・・・・・)
重臣という意味では軍師島左近もそうだが、彼は大学の友人に連れられたバーで会い、記憶が無い事を確認していた。また大谷吉継は、大学に入ってから、お互いに記憶がある状態で再会している。だから身近にいた、転生していて会えるらならば会いたい人物は、この2人となるのだった。しかし必ずしも転生しているわけではない。また、近くに転生しているとも限らない。探すにも、どう探せばよいのやら。吉継に相談してみれば、「流れに任せてみてはどうだ?」と言われる始末。成す術が無く、三成はため息をついた。
図書館で調べ物をしていた三成は、不意にざわざわと周りが騒がしくなったことに気づき、顔を上げた。近くに座っている者が、ひそひそ話しながらある方向を見ている。そちらに目を向け、三成は目を見開いた。ひとりの少女が、騒いでいたらしい3人の男達に、注意をしていたのだ。三成が動揺したのはその行動と、その少女の後ろ姿だった。黒の長い髪を高い所でひとつにくくり、高校の制服らしいそれに身を包み、ピンと背筋を伸ばす立ち姿。まるでその姿は。
(・・・まさか)
胸のざわめきが抑えられない。三成はひとつふたつ深呼吸をし、立ち上がった。
男達は少女を見下ろし、睨みつけていた。
「あ?なんだってぇ?」
「ですから、ここは静かに過ごす場所です。あまり大きな声で話をされないようにお願いします」
「なんだよ、いい子ちゃんかぁ〜?」
あ?とすごむ男にも物怖じしないその姿勢。周囲は助けに入ることはなく、ひやひやしながら見守っていた。
「いい子も何も図書館で静かにするのはマナーですよ」
「んじゃわめいてるガキ共はどうなんだよ?あ?」
「・・・あなたがたは、大きな体なのに、小さなお子様と同じなんですか?」
「んだと!?」
「!」
バッと男の1人が手を振り上げた。周囲の誰もが、殴られる、と肩をすくめた。ただ1人を、除いては。
「えっ?」
パシッと音がして、少女が声を上げた。音の方を見れば、別の手が、振り下ろされそうになった手を掴んでいた。
「図星を突かれ、口では勝てんとわかったら暴力か。小さい男だな」
「ん、だ、とぉ!?なんだテメェは!?」
「お前達の迷惑行為に迷惑していた1人だ。周りの迷惑もわからん“図体のでかい子ども”には出て行ってもらいたいものだな」
「なん・・・!?」
男の言葉は続かなかった。周りの冷たい、痛い視線をようやく感じ取ったのだろう。舌打ちをして三成の手を振り払うと、そそくさと図書館を出て行った。
「まったく・・・」
「あ、の・・・ありがとう、ございました」
「・・・」
斜め後ろから声をかけられ、三成はチラと彼女を見た。そして、目を細めた。
(やはり・・・、だったか・・・)
見間違いではなかった。間違いなく、探し求めていた1人だった。だが、彼女の首を傾げる様子を見て悟る。には、記憶が無い。
「あの・・・?」
「っ、まったく、無茶な事をするものだな。自らよりも体躯のいい男3人を相手に向かっていくとは」
「皆さん迷惑していたのは確かですし、腕には覚えがありますので、大丈夫だと判断しました」
「・・・・・」
それはつまり、割入らなくても大丈夫だったという事だろうか。今生でも彼女は武に長けているようだ。だがしかし、あそこで見過ごしては次いつ会えるかわからなかったから、三成にとっては選択間違いではなかったはずだ。
「ご心配をおかけしてしまったみたいで、すみません」
「あ、いや・・余計な手を出したようだな」
「とんでもないです。・・・嬉しかったです」
少し照れくさそうに微笑むその表情は、記憶に残るそれと寸分も変わらない。強いて言うなら、自分が知る彼女よりも若干幼く感じるというくらいだろう。
「・・・腕に覚えがあっても、複数人の男相手では力の強さで撒けることもある。行動には、気をつけたほうがいい」
「・・・はい」
何故こういったことしか言えないのか。小さく俯いてしまった彼女の頭を見つつ、三成は息を吐いた。
「・・・怪我をしてほしくはないからな」
「え?」
小さな呟きは彼女にはきこえなかったらしい。そのままさっさと踵を返し、三成は荷物をまとめて図書館を出て行ってしまった。あまりの素早さには目をぱちくりさせ、ふと、足元を見た。
「これ・・・あの人の・・・?」
落ちていたのは少し厚めのカードだった。裏には大学の名前。ということは、これは学生証なのだろう。勝手に見てごめんなさい、と心で呟いて、はカードの表を見た。
「・・・石田、三成、さん・・・」
写真つきの学生証は間違いなく彼のものだということを示していた。
(館内の人に預けるべきかな、それとも交番?でも、近くの大学だし・・・)
届ければ、いいかな。がなぜだかそう思い、そっとカバンの中にそれをしまった。
翌日の放課後。学校が終わったは、大学の門前にいた。
(勢いできちゃったけど、勝手に入って大丈夫かな・・・)
急に不安になって、ぎゅ、と胸の前で学生証を握った。
「きみ、どうしたの?こんなところで」
「えっ」
そこへ不意に声をかけられて、はそちらを見た。首を傾げながらを見る男女がそこにいた。
「高校生だよね?何か用?見学?」
「あ、の・・・落し物を拾って、近くだったので、お届けに・・・」
「へー?あ、学生証か。それなら確かにはやいほうがいいかもな」
「学生証の再発行高いらしいもんね」
誰のか見せてもらってもいい?ときかれ、は彼にそれを渡した。そして、「げ」という声をきいて首を傾げる。
「石田のかよ・・・」
「え、石田の?珍しい、あいつ落し物なんてするの」
「え、と」
「あぁ、ごめんごめん。ちょーっと苦手なんだ、あいつ。まだいるだろうから、連れてってあげるよ」
「いいんですか?」
「へーきへーき。誰かと一緒の方が入りやすいしね」
「ありがとうございます!」
2人に手招きをされ、は大学内へと足を踏み入れた。
見慣れない風景にきょろきょろしがちになりながら2人について行くと、程なくして目的の人物を発見した。
「おーい、石田ぁ」
「・・・なんだ・・・、・・・!」
青年が三成を呼ぶと、彼は不機嫌そうに返事をしたが、の姿を目に留めると、軽く目を瞠った。
「なぜここに・・・」
「あれ?ただの落とし物じゃなくて、知り合いの落とし物だったの?」
「あ、いえ、知り合いというほどでは、ないんですけど・・・」
「ふーん?まぁいっか。それじゃ、ちゃんと送り届けらからな。あと頼むぞ、石田」
「じゃあね〜」
「あっ、ありがとうございました!」
手を振って去って行く2人にぺこりとお辞儀をしてその背を見送る。そしては、三成に向き直った。
「あの、昨日はありがとうございました」
「・・・わざわざそれを言いにここまで来たのか?」
「い、いえ、あの、昨日、学生証を落とされていたので、お届けに・・・」
少々高圧的な物言いに視線が下がりつつ、は手にした学生証を差し出した。言われて三成は、上着の内ポケットを探る。確かに、無い。
(手を振り払われた時に落としたのか・・・)
三成は小さくため息をついて、差し出されたそれを受け取った。
「すまない、助かった」
「いえ・・・!あっ、私、山内といいます」
「?」
知っている、とは口に出せるはずもないが、心の内で思いつつ、なぜ突然名乗られたのかと、三成は首を傾げた。
「すみません、突然。私だけ名前を知っているのは、と思って・・・」
(・・・なるほど。真面目なところは、相変わらず、か)
理由がわかり、三成は小さく笑みを浮かべた。
(あ・・・笑った・・・)
初めて見る表情に、の胸の奥で小さな音がした。それに自身は、気付かない。
「改めて、石田三成だ」
「よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる姿が記憶と重なって、少し、切なくなる。だがが頭を上げた時には表情は戻っていた。
「拾ってくれた礼をさせてくれないか?」
「いえ、そんな、昨日助けていただいたのは私の方ですし・・・」
「・・・そうか・・・なら、“またの機会”にな」
「は、い・・・?」
の声が疑問形になっていたことは、スルーする。こうして近くにいる事がわかったのだ。いずれまた会う事もあるだろう。例えそれが、最大限望んだ形で無かったとしても。
「校外まで送ろう」
「すみません、お願いします」
また軽く会釈。礼儀正しく、まっすぐ育てられたのだなと、三成は嬉しく思いながら歩を進めた。
校門の外まで行くと、俺はまだやることがあるから、と三成は校内に引き返して行った。その背中を見送り、もまた、不思議な縁を嬉しく思っていたのだった。
数日後。いつものように大学から帰る途中の事だった。前方から歩いてくる人物に気づき、三成は足を止めた。また前方の人物も彼に気づいた。
「石田さん?」
「・・・山内」
“石田さん”と呼ばれ“山内”と返すことに違和感を感じながら、三成は彼女の方へ歩み寄った。そして、不意に下の方から視線を感じ、顔を向ける。
「・・・」
「・・・」
「・・・幼児・・・?」
じっと見つめてくる少女が2人。年の頃は5〜6歳といったところだろう。
「私がボランティアで行っている幼稚園の子たちなんです。お迎えが遅くなる時には、私が送ってあげてて」
「そう、なのか・・・」
高校生ながらに幼稚園でボランティアをしているということに少々驚きながら、また2人の少女に目を向ける。
(こっちの・・・何か見覚えがあるような・・・?)
2人の片方、表情の読み取りにくい、黒髪の少女。未だにじっと三成を見つめている。
「どうしたの?雪悸ちゃん。石田さんをじっと見て」
(雪悸・・・?)
その名も、どこかで。ふたつの人生分を思い出そうと思案していると、新たな足音が耳に入り込んできた。
「雪悸!」
雪悸の名を呼ぶ声に反応してが振り向き、三成が顔を上げた。そして三成はそこにいる2人の少年に、目を瞠った。
「伊達くん、長宗我部くん」
(伊達、政宗に、長曾我部元親か・・・!そうか、この娘、氷鬼か・・・)
三成がチラと下を見るが、雪悸の視線はもう三成を向いておらず、政宗のほうにあった。
「追いついてよかったわ!」
「思ったよりはやく終わってな」
「そうだったの。よかったね、雪悸ちゃん、和杜ちゃん」
が少女たちに声をかけると、2人ともこくりと頷いた。
「・・・そやつは誰だ?山内」
「え、と・・・ちょっとお世話になって知り合った、石田三成さん」
「・・・ほう?」
意味ありげな声をもらしたのは、きいた政宗ではなく、元親のほうだった。また、意味ありげな視線を三成に向ける。
(こいつ、まさか・・・)
三成が目を細めて見返すと、元親はふっと笑って視線を外した。
「それじゃ、またね」
「うん」
「はい」
三成は和杜の事を、元親の関係者なのだろうが思い出せずにいた。しかしそれもそのはず。和杜は戦には出ない、普通の、少し難はあるが“普通”の少女だったのだから。あれこれと考えこんでいると、トトッと雪悸が小走りに来て、三成の裾を引っ張った。
「?」
「・・・またね、みつなり」
「・・・お前」
それだけ言うと雪悸はサッと政宗の元へ駆けて行った。が手を振りながら4人を見送った。
(・・・元親と、雪悸も記憶があるかもしれんな・・・)
目を細めて彼らを見送った三成だったが、それにしても、というの声で顔を戻した。
「雪悸ちゃんが初対面の人に懐くなんて、珍しいな。普段はあまり人によっていかないのに」
「・・・あれは懐かれていたのか?」
「はい。幼稚園でもあまり友達といないですし・・・あのふたりは仲良しなんですけど」
そこでは、はっと我に返ったように表情を変えた。
「す、すみません。突然こんな事を」
「いや・・・つい出てしまうくらいに、2人を気にかけているのだろう?」
「・・・はい。でも、」
そこで1度切り、チラと三成を見て、は微笑んだ。
「多分、石田さんだからつい出ちゃったんだと思います。普段は、言いませんから」
「っ・・・」
三成はの言葉に息が詰まる想いを感じた。 どうしたのだろうか。こんなこと、以前は。そう思って、はたと思い出す。そうだ、彼女はもう、自分が知っている彼女ではない。時代と生まれと育ちが変わり、彼女も変わってしまったことがある。根っこが同じだとしても、違う部分もあるのだ。
「あの・・・?」
「な、なんでもない」
「そう、ですか?それでは、私はこれで失礼しますね」
「・・・道中大丈夫か?」
腕には覚えがあると言っていたから問題はないのだろうと思いつつ、念のためにきく。
「はい。前にもお話しましたけど、腕には覚えがありますので。それに、家もすぐ近くですから」
「そうか・・・だが、気をつけろよ」
「はい。ありがとうございます。では」
ぺこりとお辞儀をし、は背中を向けて歩いて行った。その背中を見つめながら、三成はなんとも言えぬ複雑な想いを抱いていたのだった。
それから何度か帰り道に会うようになった。決して狙っていたわけではなく、会えればいいなと思いながら歩いていての遭遇である。その偶然が、2人とも心地よく感じていた。この日もまた偶然会い、三成、、雪悸、和杜の4人で一緒に歩いていたのだった。時折あるのと同じ風景・・・だが、今日は少し、違っていた。人通りの無い静かな路地を歩いていると、不意にザッというコンクリートをこするような音が鳴った。ひとつではなく、みっつ。瞬時に不穏な空気を感じとった三成は、3人を自分の後ろに隠した。達も何か来るということを感じたのか、少し身を固くしていた。間もなくして足音の主らが姿を現わす。なんとなく、見覚えがある男の3人組だった。
「お前達は・・・」
「こないだはよくも恥をかかせてくれたなぁ?」
図書館でに注意され、三成にあしらわれた男達だった。
「逆恨みにでもきたか。みっともないな」
「はっ、どうとでもいえ!」
どうやら開き直ったようだ。じり、じりと近づいてくる。
「テメーらが最近このあたりでガキ連れてるのは知ってたからな・・・張ってて正解だったぜ」
「なっ」
男の言葉に、咄嗟にがしゃがみこんで子ども達を守るように抱きしめる。三成はチッと舌打ちした。
(これだけ敵意むき出しのやつらに気づかなかったとは・・・さすがにそこまでの感覚は戻らんか)
平和な時代で平和ボケしたとはなんとも複雑だが、今はそれをうらんでいる場合ではない。
(どうする?戦乱の世にいたとはいえ、今は記憶の無いに、幼い雪悸、そもそも武ではなかった和杜・・・俺が足止めしている間にに出てもらいたいが、相手は3人いる・・・)
「大人しく、してろよ!?」
「っ!」
考えを巡らせている一瞬の隙を突かれた。なんとか避けるために身を引くは、拳が肩にあたってバランスを崩してしまう。
「石田さん!」
「っ、お前は2人のそばにいろ!」
駆け寄ろうとしたを、三成が声で制する。
「、ちゃ」
「・・・大丈夫よ、和杜ちゃん。私が、守るから」
―――私が、お守り致します。
不意にの脳裏を駆け抜けた言葉。の意識が逸れ、その隙を見逃す程、男も馬鹿ではなかった。
「こんのっ!」
「っ、!」
はっと気づいた時には、目の前に影が割り込んでいた。鈍い音のあと、その流れがスローモーションの様に流れて見えた。
「・・・っ、三成様っ!!」
三成の身体がコンクリートに倒れ、パッと雪悸と和杜の手がから離れ、その自然な流れのまま、は男達に向かって突っ込んで行った。
「ばっ・・・手を出・・・す、な・・・・・」
徐々に声から力が抜けて行った三成は、唖然とその光景を見つめた。殺してはいないが、瞬殺だった。男達の拳を鮮やかに避け、流し、地に伏せる。その姿はまるで、記憶にある戦姫。ものの数十秒で男3人を沈めたは、大きく息をつくと、勢いよく三成を振り返って、尻餅をついたままの彼と目線を合わせるように膝をついた。
「三成様!お怪我は・・・!?」
「・・・・・・?」
「はっ、はい、そうです、が」
「お前・・・俺のことが、わかる、のか・・・?」
三成に問われ、は目をぱちくりさせた。
「・・・私・・・今まで・・・」
「・・・思い出したのか?」
「・・・はい・・・っ」
くしゃりとの顔が歪む。泣きそうな表情で、だがそれでも、その顔には笑みが浮かんでいた。少しして、少年2人から男3人が暴力をふるっていると通報があったらしく、警察官が走って来た。気絶している3人を見て目を丸くし、また三成の様を見て眉をひそめ、が正当防衛でしたと答えた。事情はまた明日きくとのことで、今日はそのまま帰って手当するように言われ、4人はその場をあとにした。
進む歩は遅く、流れるのは沈黙。三成もも、なんと切り出したらいいかわからないでいた。話したい事は、たくさんあるはずなのに。それを見かねてか、雪悸が小さく息をついて三成の服の裾を引っ張った。
「なん、」
「よかったね、みつなり」
「、」
「雪悸ちゃん・・・?」
雪悸が小さく、に、と口元に笑みを作る。はなぜ雪悸がそんなことを言うのはわからず首を傾げ、すぐにはっとなって少女2人の前にしゃがみこんだ。
「そうだ、2人とも怪我はなかった?巻き込んで、ごめんね・・・」
「だいじょうぶ。ちゃんとみつなりがまもってくれたから。ね、おと?」
「うん」
雪悸の尋ねに和杜が頷き、は安堵したように息をついた。そのまま雪悸は、「それにね」と続ける。
「ちゃんのきおくがもどって、ゆきも、うれしい」
「え・・・?」
その言葉の意味は、つまり。
「雪悸ちゃん、も?」
「ゆきも、おとも、あともとちかも」
「えっ」
和杜を見ると、彼女はにこにこ笑っていた。雪悸も和杜も、前世で交流があったわけではない。それでも、同じ時を生きた者同士であることに違いはなかった。
「あ、まさむね」
「え?」
雪悸の視線の先には、政宗と元親がいた。後から聞いた話、通報したのは彼らだったらしい。
「政宗殿、は・・・」
「まさむねは、おぼえてない。でも、いいの。またまさむねと、いっしょにいられるから」
「雪悸ちゃん・・・」
政宗と元親が合流し、災難だったな、などと話しをして別れた。
4人と別れ、三成との2人だけになった。また少し、沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは、三成の方だった。
「・・・約束を、覚えているか?」
「約、束・・・」
浮かぶのは、最後の戦いに挑む直前の光景。戦いに勝ったら伝えたい事がある・・・そう言ったのは、だった。
「戦いには・・・勝てなかったが、また、こうして会うことができた。・・・きかせてもらっても、いいか?」
「っ・・・はい」
は大きく深呼吸をして、奔る鼓動を落ち着かせる。それでもまだ抑えきれていないが、ふう、と最後に息をついて、口を開いた。
「・・・本来、家臣の身でありながらこのような想いを抱く事は、良くない事だと、思っていました。ですが、三成様のお側で、三成様にお仕えして過ごす日々で生まれてくるこの想いを、消すことができませんでした」
下目線だったが顔を上げた。真っ直ぐと、三成を見つめる。微笑む彼女は、見たことのない表情をしていた。
「三成様・・・は、三成様をお慕いしております。・・・生まれ変わって記憶がありませんでしたが、思い出した途端、それはまた溢れ出して来て・・・もう、うしないたくないと、身体が動いて・・・」
「・・・・・・」
「・・・の、勝手な想いです。お伝えできただけで、」
「」
の言葉は、三成の声に、行動に遮られた。いったい何が起きたのか、と刹那固まり、身体にあたたかみがあることに気づいた。は、三成の腕の中にいた。
「みっ、三成様・・・!?」
「・・・もう、“様”ではない」
「あ・・・」
「戦乱の世は、あんな結果ではあるが終わり、不本意な形ではあるが、泰平の世になった。あの時代に死んだ俺達は生まれ変わり、ただの一般人となっている・・・もう、武でも、主君でも・・・家臣でも、ない」
「・・・・・」
「・・・俺は、情けない事だが、この想いを自覚したのは、生まれ変わり、お前と出逢ってからだ」
「・・・え?」
なんのことだろうか。は少し、顔を上げた。わずかに見える三成の顔は、照れくさそうにそっぽを向いていた。
「あの頃も、正義感が強く真っ直ぐで真面目な性格だと思っていたが、今のお前は素直に自分の感情を出しているのだと気づいた。初めて見る表情も多々あった。・・・抑えているものがあったのだと、気付いた」
「みつ、」
「見たことのないお前の表情を見ると、切なくもなり、だが、同時に・・・愛しく、想った」
「っ」
ピクッ、との肩が震えた。その反応に気づいたが、そのまま三成は続ける。
「そして、今のお前の顔を見て、いかに俺が自分の事しか見えていなかったかを思い知った。身近に、こんなにも俺の事を想ってくれていた者が、いたとは」
「・・・・・三成様」
「もう、主従の関係ではない」
三成の言葉に、の胸がとくんと揺れる。
「、今まで辛い思いをさせて、すまなかった。・・・これからも、俺と共にいてくれるか?」
「っ、もちろん、です・・・!」
「・・・そうか、よかった・・・。俺ももう、大切なものを失わぬよう、お前のそばにいよう・・・」
「っ・・・」
の両の目から、ぽろぽろと涙が溢れだした。まるで今まで抑えていた想いを存分に伝えるかのように。それはかつて追った時に流したものとは違い、これからの2人の道を照らす光となるように、煌めいていた。