天下布武を掲げる第六天魔王・織田信長が、家臣である明智光秀に本能寺にて討たれたとの報をきき、中国攻めをしていた羽柴秀吉は、急ぎどんでん返しの準備にとりかかっていた。叔父である山内一豊と共に参じていたは、そこでふと一人の男に目を留める。的確に指示を出すその姿勢、その背中には釘付けになった。凛と立つその姿に、妙なくらい魅せられた。彼の名は、石田三成。秀吉の子飼い集の一人であった。





















秀吉のどんでん返しは成功し、山崎にて光秀を討ち取った。それにより秀吉が信長の後継となる。だが、織田忠臣であった柴田勝家はそれを良しとせず、秀吉と勝家で、争うこととなった。
もまた秀吉に従う叔父と共にその場にいた。そしてまた、その姿を探す。秀吉の為と奮起するその姿は、誰を見るよりも明るく見えた。冷たく跳ね除ける言動とは裏腹に、味方が罠にかけられたと知れば自ら窮地を救いに行く、情に厚い男。見ていれば見ているほど惹かれていくと、は自分でも心で感じていた。




















賤ヶ岳にての戦いは、羽柴軍の勝利で終わった。勝家と、信長の妹にして勝家の妻、お市は、戦いのあとに自害したという。これでひとまず秀吉に反する者はいなくなった。
はあるとき、一豊に呼び出された。重要な話があると言われ、彼の前に正座をして待つ。


、お前もそろそろ自分の主を決めるといい」

「自分の主、ですか」


は目を瞬かせた。そのような話だとは予想していなかったのである。自分は叔父について立ち回るのだとばかり思っていたから。


「そうだ。お前は実力をつけてきた。いつまでも私について回ることはないだろう。秀吉様、利家殿、家康殿・・・」

「あの、叔父上」

「ん?なんだ、気になる将方がいらっしゃるのか?」


気になる、ときかれての頭に浮かんだのは、あの凛と立つ後ろ姿だった。


「・・・石田、三成」

「・・・何?」

は、石田三成様の下に参じることを望みます」

「石田三成殿、か」


一豊は、ふむ、と間を置いた。三成がの主となるほどの者か思案しているのだろう。そこへがすかさず、まっすぐ言葉で訴えかける。


「はお。あの方のお姿に、心打たれました故」

「・・・わかった。秀吉様に申し出てみよう」

「ありがとうございます!」


は深く頭を下げた。これほど嬉しいことは、今までに無いとさえ思い、心に染み込んでいた。




















数日後、は秀吉に呼ばれた。一対一で対するのは初めてで、思わず身を固くしてしまう。


「はは、そんなに緊張せんでえぇで」

「は、はい・・・!」

「さって三成はっと・・・あぁ、おったおった。三成、ちとえぇか?」


秀吉の一歩後ろを歩き、目的の人物を探す。ほどなくして彼は見つかり、秀吉が彼を呼んだ。三成は秀吉に呼ばれたとわかるとすぐに踵を返して向かってきた。どきん、との心臓が小さく跳ねる。


「なんでございましょう、秀吉様。・・・その者は?」

「山内一豊の姪っ子で、っちゅーんじゃが・・・三成、おまえさんに仕えたいというんでな、連れてきたんじゃ」

「私、でございますか?」


三成が、ツ、とに目を向ける。目が合い、は緊張で身を固くした。だがぐっと息を飲み、まっすぐ彼に自らのおもいを伝える。


「私は叔父について中国攻めにて初めて随軍し、初陣は山崎の戦いでした。それから叔父についておりましたが、その叔父からそろそろ自分の主をと言われ、ぜひ三成様の陣の末席に加えていただきたく願い、こうして参った所存にございます」


おかしなことは言っていないだろうか。そればかりが気がかりだった。そして彼の返答待ちに、動悸がはしる。


「・・・」

「どうじゃ?三成。力量なら心配いらんで。おそらく武力なら、おまえさんより上じゃ」

「な・・・」

「な、何をおっしゃるのです!そのようなことは・・・!」


とんでもないことを言われ、ぎょっとしてが弁解する。だが秀吉はただただ笑っていた。


「いんや、わしは間違ったことは言うとらんで。この華奢な身体で大太刀と銃を振り回すんじゃからのう」

「・・・なるほど」


秀吉の言葉は疑わないらしい。三成はすんなりと信じ、顎に手を当てて思案した。


「して、どうじゃ?三成」

「・・・わかりました。ありがたく」


その言葉に、の緊張は一気に和らぎ、重いものが落ちていった気がした。


「うむ、そりゃよかった!そんじゃ、わしは行くからの」

「はい、ありがとうございます」

「ありがとうございました・・・!」


は秀吉に礼をし、彼を見送った。秀吉の背が見えなくなると、が小さく「あの」と声を零す。


「なんだ?」

「精一杯、お仕えさせていただきます。不束者ですが、よろしくお願いいたします」

「・・・・・あぁ」


軽くそっぽを向ける、新たな主君。だがは気にしなかった。おそらくこれも彼自身だから。これからもっともっと彼のことを知り、そして彼のために力を尽くせる。それだけがの心を満たしていた。



















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