近くなのか遠くなのかわからないところで喧騒や金属音をききながら、は約2年前のことを思い出していた。















豊臣秀吉が死に、前田利家もこの世を去り、天下は再びひび割れた。三成ら豊臣派と、徳川家康率いる徳川派。は当然のように三成についたが、の叔父である山内一豊は徳川派につこうとしていた。そしては、隙を見計らって一豊に呼び出された。


、おまえ本当に三成につくつもりか」

「はい」

「おまえもわかっているだろう。秀吉公亡き今、この世を支えられるのは家康様だと」

「・・・」


は少し目を伏せた。確かに、秀吉の養子・秀頼では天下を統べることは厳しい。だがそれでもの決意は変わらなかった。


「叔父上、私は叔父上に、感謝しております」

「なにを突然・・・」

「叔父様は私と三成様を引き合わせてくださった。あの方に仕える道をくださった」


はまっすぐ一豊を見つめた。曇りなき眼差しに、一豊が息をのむ。


「私の主君は三成様です。あの方以外にが仕える主はおりません」

「・・・・・決意は、堅いのだな」

「はい」


一豊は苦しげに目を伏せ、厳しい顔でを見た。


「ならば我らは敵同士。戦場であったならば・・・討つ」

「・・・はい」


一豊が背を向けて行く。はその背に、三成に仕えるまで追いかけてきたその背に、深く一礼した。



















こんなときに思い出すなんて走馬燈か、縁起でもないと、は失笑した。幸いというべきか、その叔父とは未だこの地でであってはいない。すでに散ったか、こちらに向かってきているか、知りようもないし、知ろうとも思わない。はただただ三成のためにこの武を振るうのみだった。何人斬ったかなんてわからない。大太刀に血がこびりついて切れ味が落ちないか、銃の弾が切れないか、それだけが心配だった。返り血をいくつも浴びて白い肌は赤く染まり、赤い衣はさらに紅くなっていた。


(戦況はどうなっている・・・!?)


この乱戦の中では状況がわからない。味方の損傷は、戦陣のすすみ具合は、どうなっている。


「伝令!!」


そんなとき、の耳をつく声があった。見覚えのある伝令に一瞬ほっとし、気を引き締め直す。だが彼の表情と次の言葉に、一瞬、心折れそうになった。


「島左近様、討ち死に・・・ッ!!」

「ん、な・・・!?」


あの左近が、死んだ?息をするのを忘れていたかのように呼吸が乱れる。


「戦況はもはや覆す術無し・・・我らの・・・負けです・・・!」

「・・・・・・」


一瞬だけ、頭の中が真っ白になった。西軍の、負け。このまま東軍におされて死ぬのを待つのみか。考えてしまってから、は大きく頭を振った。まだだ、まだあきらめるのははやい。


「三成様と吉継殿は」

「大谷様は三成様を逃がすために敵を引きつけたのですが・・・三成様がその大谷様の救援に・・・」

「・・・あの方らしい」


こんなときだというのに小さく笑みがこぼれた。そして大きく息を吸い、大きく息を吐く。


「あなたはこのまま戦線離脱してください」

様は・・・!?」

「決まっています」


こんなときだというのに、の表情は先ほどの混戦時よりも晴れていた。


「我が主君を、お助けに行くのです」


今参ります。どうか、ご無事で。




















息はすっかり上がり、体力も尽きてきて、気力だけで戦っているようなものだった。吉継は三成を逃がそうとするのだが、三成がそれをきかない。防戦一方で、命絶たれるのは時間の問題だった。


(このままでは・・・せめて・・・せめて三成だけでも逃がさねば)


吉継はなんとかしなければと思いを巡らせた。この意地っ張りな主君をいかにして動かすか。そんなとき、喧噪の中に大きな銃声が響いて、向かってくる武たちの群の中に道ができた。


「三成様!吉継殿!」

・・・!?」


思いも寄らぬ人物の登場に三成が叫ぶ。


「なぜおまえまでここにいる!?もう、この戦況は・・・!」

「左近殿訃報をきき、戦況を覆せぬことも判断しました」

「ならなぜきた!」

「ならばなぜあなたはここにいるのですか!!」


珍しいの怒声に三成が怯む。は構わず続けた。


「あなたがここで果ててしまってはこの先どうなりますか。散っていった者たちの魂は、どこへ行くのですか」

「・・・」

「お逃げください、三成様。あなたは死んではいけません」


三成に背を向け、敵に銃撃しながら言い続ける。


「生きてください、三成様。・・・この戦いに勝ったら伝えたいことがあると、言いましたでしょう?」

・・・」





三成様、この戦いに勝ったら、お伝えしたいことがあります。きいて、くださいますか?

あぁ、構わん。・・・勝とう。


はい!





戦前の会話が脳裏に甦る。三成は唇を噛みしめ、の背中を苦顔で見つめる。その心境を悟ってか、が半身振り返って三成に笑いかけた。


「必ず追いかけます。必ず追いつきます。だから、生きましょう」

「・・・わかった」


三成が決断し、戦線離脱の準備を開始する。


「吉継殿も行ってください」

「・・・

「私は、吉継殿にも生きてほしいと、思います」

「・・・・・ありがとう」


三成と吉継の背を見送り、は迫りくる敵前に躍り出た。


「我は石田三成が家臣、!あの方は、必ず生かしてみせる!!」


華奢な赤き戦姫は、敬愛しき主君の為、修羅となって戦場を駆け抜けた。




















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