五日後。またなんとなく眠れないは散歩をしていた。なんとなく歩いていると、ふと、柱に寄りかかるその尊敬する後ろ姿が見えた。小さく「三成様?」と声をかけるが、返事はない。おそるおそる近寄ってそっと正面を見れば、その目は伏せられ、規則正しい呼吸がなされていた。わずかに酒気を感じ、三成が飲酒後なのだと理解する。


(こんなところで寝ていては風邪を・・・)


失礼します、と小さく呟いて三成のそばに片膝をつき、その顔を見つめる。男にしては長い睫、すべやかな肌。女である自分よりも何倍も“美しい”という言葉が似合う。酒を飲んでもいないのに酔いそうになって、は頭を振るい、その肩を揺すった。


「三成様、こんなところで寝ていては風邪を召されます。起きてください、三成様」


だが反応は無く、変わらす寝息を立てている。どうしたものか・・・とは考え、ふいと三成の部屋を見る。床の用意はできているようだ。


「・・・失礼します、三成様」


はそっと三成の脇元に手を入れ、持ち前の腕力でその細い身体を持ち上げた。


(軽い・・・)


我が主君はこんなにも細く軽く、華奢なんだ。この身体に、たくさんのものを抱え、背負っているのだ。改めて思い知ったようで、はいっそう気を引き締めた。


(私が、お支えしなければ・・・)


ゆっくりと床へ寝かせ、そばに正座する。


「三成様・・・」


そっと主君の名を呟けば、彼は反応するかのように小さくうめく。


「私は・・・三成様のお力になれているでしょうか・・・三成様をお支えできているのでしょうか・・・・・・・・は・・・」


そこでぐっとはこらえた。眠っている主に何を言っているのだ。冷静になれと頭を振るう。大きく息を吐き、変わらず寝息を立てる主に一礼して立ち上がった。


(足りていなければ、よりお力になれるよう進むのみ)


新たな決意を胸に、は三成の部屋をあとにした。




















翌日、は鍛錬にいそしんでいた。的に狙いを定め、引き金を引く。大きな音がして、弾が的を射ぬいた。




「!?」


息をついたとき不意に背後から呼ばれ、は勢いよく振り向いた。そこにいたのは三成で、ほかに人がいないから彼が呼んだということだろう。


「み、三成様、いつのまに・・・!」

「先ほどからいたが?」

「・・・気づかず申し訳ありません。不覚です・・・」

「それだけ集中していたということだろう」

「いえ、一点のみに集中しすぎていれば、他面から狙われたときに気づくことができません」


悔しそうに言うに、三成が一歩近づいた。


「三成さ・・・ま?」


ぽん、と頭に何かが乗せられる。それが三成の手がということを理解するのに時間がかかった。何が起きているのかわからずは身体を硬直させた。


「・・・ありがとう」

「えっ」


突然呟かれた言葉に思わず声を上げる。目線だけを上げて見た主君は、かるくそっぽを向いていた。


「おまえが励む姿にいつも助けられる。俺もしっかりせねば、こたえねばと思わせてくれるのだよ」

「・・・・・」


言葉が出なかった。三成がそんなことを思っていてくれようとは思わなかったからだ。普段からそう言ったことを言う人物ではないし、思っているかすらもわからない。故に、余計に戸惑い、混乱し、それ以上に喜びを感じた。


「おまえに支えられていると、背中でよく感じるのだよ」

「・・・三成様」

「その・・・昨夜は、すまん」

「え」


昨夜に会ったのは、三成を運んだときだけだ。あれを会ったと表すのは少々違う気もするが。しかし眠っていたはずの三成がなぜが運んだと知っているのだろうか。


「・・・床に入れられたあと、ほんの少しだけ、意識が浮上していたのだよ」

「・・・・・」


それであの言葉か、とは頬が熱くなるのを感じた。ただの独り言のはずだったのに、当人にきかれてしまっていたとは。


「あのような言葉を漏らさせてしまったこと、すまなく思う。俺は・・・おまえを不安にさせていたのだな」

「そ、そんな、三成様が気にされることでは・・・!私が、勝手に思っているだけのことです・・・!」

「俺を心から信じてくれている者が少ないこと、俺とてわかっている」


どきん、と心臓がはねた気がした。三成はその言動や態度が故に敵をつくりやすい。家臣の中でも彼を本当に理解し尽くしているのは数えるほどであろう。


「そんな中で俺に尽くしてくれているおまえを不安にさせてしまったとあっては、申し訳が立たん」

「そんな・・・」

「だから、きちんと伝えさせてくれ。俺はおまえの力に、おまえの心に、支えられている。・・・感謝している」


三成がわずかに笑んだ。滅多に見せることのない表情には感高まり、くしゃりと顔をほころばせて頭を下げた。


「もったいなきお言葉です・・・!」


涙腺がゆるみそうになるのを必死にこらえながら頭を上げると、三成はいつもの表情に戻っていた。


「明日からまた戦の準備が始まる。頼むぞ」

「はいっ!」


は声高らかにこたえ、嬉しそうに笑んだのであった。





















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