月が輝く美しい夜。はなんとなく眠れず廊下を歩いていた。ほどよく涼しい風がの長い髪を揺らす。いつもと違い下で軽く結っただけの髪が頬を撫でた。


「おや?殿ではありませんか。こんな夜更けにどうしたんです?」

「左近殿」


後ろから声をかけられて振り向いてみれば、そこにいたのは主君の軍師、島左近だった。手には徳利が握られており、小さくちゃぷときこえるから、中身があるのだろう。


「なんだか眠れなくて、散歩をしていたところです。左近殿は今から晩酌ですか?」

「まぁ、そんなとこです。そうだ、殿、酒はいけますかい?」

「まぁ・・・それなりには」


そりゃよかった、と左近が笑う。は首を傾げたが、つきあってくださいと言われて了承し、左近のあとに続いて歩いた。



















左近が歩いていく道にだんだんと疑問をおぼえてきて、は「あの」と口を開いた。なんですかい?と左近が軽く首を返してきく。


「もしや、とは思うのですが・・・」

「そのもしや、ですよ」


に、と笑い、左近がその部屋の手前で止まる。は一瞬にして緊張で背筋を伸ばした。大丈夫ですよと左近が笑い、部屋の主に声をかける。


「お待たせしました、殿。入りますよ」

「あぁ」


左近が足を進め、もおそるおそる続く。案の定、を目にした石田三成はその双眸を丸く瞬かせた。


「なぜ、がいるのだ?」

「途中で会いましてね。眠れないと言うのでお誘いしたんですよ」

「そうなのか・・・」


は、拒否されないかと固まっていた。そして三成の視線がついとに行き、びくりと肩を震わせる。


「なにをしている、早く入れ」

「えっ、は、はい!」


あきれたように息をつかれ、は失礼します、と部屋に入る。左近の隣に座ると、いつの間にか用意されていたの分のお猪口に酒が注がれる。


「あ、ありがとうございます」

「いえいえ」


では、と左近がお猪口を軽く掲げる。


「殿と我らの未来に、乾杯」

「・・・なんてくさいことを言うのだよ・・・左近・・・」

「いいじゃないですか」


まったく・・・と呟いて三成がお猪口に口をつける。それを見てから左近もお猪口の酒をあおった。も続いてお猪口の酒を口にする。ほろ苦い酒が口の中に染み渡った。


「すまんな、つき合わせて」

「いえ、お誘いいただけて嬉しく思います」


三成に言われ、笑みを返す。まさか大事におもう主君とこうして酒を飲むことになるとは思っていなかった。酒にそう強くないのかほんのりしてきた主君をそっと見つめ、

お猪口を口へと運んだ。



















こぽ、と互いのお猪口に音を立て、左近とはまた酒を口に染みさせる。その様子を見て三成はほんのり赤く染まった顔であきれのため息をついた。


「おまえたち、どれだけ飲むつもりなのだよ・・・」

「そういえば・・・殿、それなりにと言ってましたが、実はザルでしょう?」

「・・・・・はい」


照れくさそうにが肩を縮こまらせて小さく呟く。ははは!と左近が笑い声を上げた。


「殿より飲める女人家臣ですか。こりゃあいい」

「なにがいいのかさっぱりなのだよ!」


三成がため息をついて頭を抱える。ふふっとが思わず笑いをこぼして、三成と左近がきょとんとした顔でを見た。


「・・・どうしたのだ?」

「あ、す、すみません。こうして・・・ずっと笑い合えたらいいのになぁって思ってしまって・・・」

「・・・」


少しの沈黙が流れる。ふいっと視線をよそにやって、三成がこぼした。


「別に、そう思うことは、悪いことではないだろう。そう思い続けて、それを実行できる世にするために、俺たちは戦っているのだからな」

「三成様・・・」


はきゅっと口を引き締め、背筋を正した。ん?と男二人がまたに注目する。


「三成様、はこれからも、このさきずっと、三成様にお仕え致します。三成様の刃となり、盾となります」

・・・」

「おや、いいですねぇ」


左近もお猪口を畳の上に置き、姿勢を正す。


「この島左近も、生涯殿にお仕えしますよ。左近の軍略は殿のものです。思う存分使ってください」

「左近・・・」


三成が口を引き絞り、顔を背けてそっぽを向いた。


「まったくおまえたちは・・・」


照れ隠しだということを瞬時に把握し、も左近も笑みを浮かべる。家臣二人の信頼を深く感じ、また家臣二人も主君への信頼を改めて示した。もうしばし酒を酌み交わし、そ

の場はお開きとなった。





















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