美濃・斎藤道三の娘、帰蝶が、尾張の織田信長の元へ嫁ぐことになった。その輿入れに、同じく道三の子である斎藤が共として行く事となった。男児であるにも関わらずが命じられたのには、わけがあった。道三や他の兄弟達は、腹で何を考えているかわからないを、自分達から遠ざけたかったのである。このままここで謀反など起こされてはたまらない、いっそのことよそへやってしまえ、と。つまりはお払い箱である。だがそれはにとっては好都合だった。にとっては斎藤の家などどうでもよく、姉・帰蝶さえいればそれでよかった。だから輿入れに自分が共に行くよう命じられた時には、珍しくよいことをする、とさえ思ったのだった。
それから数年後。信長が琵琶湖のすぐそばに安土城を建て、居城を移した。それに伴い、帰蝶―濃姫とも安土城へと移った。美しい場所だ、とは目を細めた。美しいものが好きな遥道は、良い場所だと内心喜んでいた。そんな時、ふと別なものに目を奪われ、は足を留めた。じっと、そこから目を離せずにいる。“ひと”を美しいと思うことなど、滅多にありはしないというのに。身近では、濃姫と明智光秀くらいなものであった。その2人ともまた違う、美しさ。
「・・・帰蝶姉様、あのおのこは、」
「おのこ?・・・あぁ、最近上総ノ介様の小姓になった、森蘭丸ね。森可成の息子の」
「森殿の・・・」
織田信長の元家臣、森可成。武功をたてて討死した武士だった。は再び彼を見つめた。その様子を見て帰蝶が「ふふ」と笑みをこぼす。
「そんなに気になるなら、話し掛ければいいじゃないの」
「・・・そう、ですね」
相手は自分よりもいくつか下の少年。そんな少年に目を奪われたなど、複雑だが。そこへちょうど信長が蘭丸のところへ来たので、は意を決して足を動かした。
「義兄上」
「か」
「この方が、様・・・」
蘭丸が声をもらし、は彼へ顔を向けた。
(・・・近くで見ると、ますます・・・)
「して、。何用か?」
「義兄上が見知らぬおのこと共にいたので、気になりまして」
「嘘を申すでない。余が来る前から、お蘭を見ておったろう」
「・・・」
見られていたのか。はひそかに眉をひそめた。また、見ていたという発言に、蘭丸が「えっ?」と声をもらしていた。
「私を、でございますか?」
「・・・気に障ったならすまないな」
「いっ、いえ!とんでもございません。私ごときをと、思っただけで・・・」
「・・・そう、自分を卑下するな。お前は自分が思っているよりも―」
「え?」
いま何を言おうとしたのだろう。初対面の相手に。はひとつ息をついて首を振った。なんでもない、というと、蘭丸は困惑しつつも頷いた。ただ傍観していた信長だけが、くつくつと笑い声をもらしていた。
「珍しいこともあるものよのう。うぬが他人に興味を持つとは」
「・・・」
信長に図星を突かれ、思わず渋い顔になる。
「しかも、余の小姓を見初めるとは」
「えっ!?」
「っ!?誤解を招く言い方はおやめいただきたい!俺はただ美しいものが好きなだけで―」
また、えっ?ときこえた。しまった、とは口をつぐんだが、すでに口から出てしまったものは引っ込ませることはできない。何やら楽しそうな信長と目をぱちくり瞬かせている蘭丸をチラと見て、大きくため息をついた。
「・・・蘭丸、といったか。お前を目にした時に、美しさに目を奪われた。・・・それだけだ」
「うつ、くしい・・・ですか?私が・・・?」
「あぁ・・・」
もうどうとでもなれ。は蘭丸を真っ直ぐ見て、小さく笑みを浮かべた。
「帰蝶姉様や光秀の美しさとはまた違う、美しさ。どこか儚さのある、美しさがあると思ったんだ」
「そう、なのですか・・・」
蘭丸は突然のことに戸惑い、うまく言葉が出てこない様だ。無理もない。男である自分が男に“美しい”と言われているのだから。縁者である光秀すらはじめは戸惑い、今は苦笑を浮かべるだけである。
「深く考えなくていい。俺が勝手に言うだけだ」
「はぁ・・・」
半分呆けている蘭丸に目をやり、続いて信長に向き直った。
「それでは義兄上、失礼致します」
「うむ」
信長に一礼し、は背を向けた。歩みを進めるたび、振り返りたくなる。まだ見ていたい、そう思っている自分がいる。この、濃姫や光秀に思うものとは違うものを抱いていることに気づきつつ、それが何を意味するかは、わからないでいた。ただ思うのは、これからの楽しみが増えた、という事実だけであった。
―――――
あくまで恋情ではないのです
そして濃姫の信長の呼び方を忘れた・・・(