丘の上、目に映るのは高松城。はある覚悟を持ってそこにいた。迷惑をかけるだけだとわかっている、もしかしたら突き出されるかもしれない、それでも彼には、四国へ渡る
までに頼れる相手が他にいなかった。
「・・・・・」
「・・・」
ガラシャを連れて来たこともある。彼女が何者か家臣団には知っている者もいる。闇に紛れるための衣をガラシャに頭から被せ、そのままその頭を撫でた。
「行こう」
ひとつの可能性を信じて。はあまり知られていない隠し通路を通って、城内へと潜入した。
毛利元就は、部屋で書物を読んでいた。チリ、と炎の音が耳をかすめると、襖の外から「元就様」と声がかかる。
「どうしたんだい?」
「その・・・元就様に、お目通り願いたいと申す者が」
「こんな夜更けにかい?」
それは些か非常識な願いだなと思いつつ、元就は「誰だい?」と問う。それが、その、と歯切れの悪い声をききつつ、元就は返事を待った。
「それが、でして・・・」
「かい?なら何も問題は・・・あるん、だね?」
そのただならぬ様子を感じ取って元就の顔つきも険しくなる。
「はい。その、は・・・明智光秀の息女と思われる女子を連れており・・・」
「それは・・・」
さすがの元就も目を瞠った。だが同時にすっと胸の内に納得の空気が入り込み、大きく頷く。
「わかった。連れてきてくれ」
「よろしいので?」
「あぁ・・・だって、何の考えも無しに来たわけではないだろうからね」
元就の言葉に頷き、下がっていく。元就は息をはいて、息子のように大事に思う彼の事を思った。
失礼します、と声がかかって襖が再び開く。元就が顔を向けると、そこにはすでに平伏と俯いたガラシャがいた。幼い時から知っていていつの間にか大きくなった背中が、今
はなぜかとても小さく見える。
「」
「元就様にはご無理、ご無礼を承知で申し上げます」
元就に何も言わせぬまま、が言葉を発し始める。
「一晩で構いません。一晩だけ、匿っていただけないでしょうか。外に漏れた場合は勝手に侵入してきた、脅されたなどとおっしゃっていただき、元就様のご迷惑にならぬよう」
「」
「俺にはここしか、元就様しか頼れる方がおりません。いずれは四国へ出立致します。ですのでどうか、一晩だけでも!」
「」
「俺は約束したんです、光秀殿と。必ずガラシャ姫を守ると。自分に誓ったんです。必ず彼女を守りぬくと。だから・・・!」
「私の言葉をききなさい、」
「!」
いつもより鋭い声色に、はっとが冷静になる。不安で押しつぶされそうになるあまり、自分の思いのたけを走らせることしかできていなかった。は頭を下げたまま、息が
詰まりそうになるのを必死にこらえ、元就の言葉を待った。
「、なにをそんなにこわがっているんだい?」
「・・・・・元就様を、毛利家を、危険にさらすことに、なると」
「・・・忘れたのかい?」
なにを、と問う前に、自分の頭に何かが触れた。それが元就の手だと把握するのに時間はかからなかったが、呼吸が一瞬止まり、胸が詰まりそうな感覚に陥る。
「は、私たちの家族だ。家族の頼みを、なぜ無下にできるんだい?大切な息子がやっと私を頼ってきてくれたんだ。私はむしろ、喜びすら感じているよ」
そんな、と小さく聞こえた気がしたが、元就はこれを流し聞きした。手をそっと動かし、の頭を撫ぜる。
「、帰ってきてくれてありがとう。長くは匿っていられないかもしれないけど、どうすればいいか一緒に考えよう。またいってしまうのは寂しいけど、準備が整うまで、安心
してここにいてくれ」
「元就、様・・・っ」
「ガラシャ殿も」
「っ・・・」
がばっとが顔上げると、急な行動に「おっと」と元就がのけぞった。そしてそのの表情を見て、目をぱちくりさせる。必死に涙をこらえ、だがそこには笑みすら浮かんで
いた。
「ありがとう・・・っ、ございます、元就様・・・!!」
「あ・・・ありがとう、ございます、なのじゃ・・・っ!!」
が、続いてガラシャが再び頭を下げる。元就は二人の道の険しさに切ない微笑みを浮かべ、二人の頭を優しくなぜたのであった。
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