胸に渦巻く思い



















ヤマト隊はしばらくの間ジュール隊に従隊する形での任務とする

らの予想通り、数日後にはその事例が下された。まだ任務自体は発令されておらず、しばらくは待機である。それまではシュミレーションや訓練の積み重ねを続けていた。機体も希望通り手配してもらえる事になり、上々の進み具合であった。

「任務まだかなー」

そんな頃、不意にそれをこぼしたのはシズマだった。訓練の休憩中にぽろっとこぼした彼に視線が集中する。

「あのねぇ、無ければ無い方がいいのよ?」

「でも、そしたら俺達何のためにザフトに入ったのかってなるじゃないですか」

「要事≠フため、よ」

そう、何も起きなければ起きないでいいのだ。平和である証拠なのだから。しかしシズマの言いたいこともわかるのでそれ以上は言わない。

「トライン隊も改まってからはまだ任務無いって言ってたな」

「あそこは艦こそないものの、元ミネルバのメンバーが多く残っているから、あとはトライン隊長と艦次第でしょうね」

「あー…」

なんとなく把握したのか、シンが間延びした声をもらした。タリアから引き継いだ隊を率いていくべくアーサーは意気込んで励んでいるのだが、いかんせんどこか足りないものがあるのだった。そこが補えられれば、いい隊になる。は特に心配はしていなかった。

(心配できる立場でもないし)

自分は拒み続けた出戻りだ。ザフトに残って前に進んでいる者達に、どうこう思える側でもなかった。

「とにかく、いまは積み重ねが大事よ。そりゃ、宙域で模擬戦でもできれば一番だとは思うけど…」

「そこは、難しい?」

小首を傾げながらきいてきたのはキラだった。は「うーん…」と小さくうなる。

「宙域を使うとなると広範囲必要だし、事前報告してきっちりしないと騒ぎになってしまうから…許可がおりるかどうか、ね」

「そっか…」

何より経験だ、はキラも同感のようだった。それはキラ自身がそうであることも関係してあるのだろう。潜在能力はもともとあれど、訓練もシミュレーションもしたことのない、ゼロからのスタートでがむしゃらにやってきたのだから。

「けどこのままただ訓練訓練ってのも、モチベーション上がりませんよ!」

「それには同感…」

シズマが言うのにジェイルが同意する。とくにこの2人はパイロットではないから、本当に訓練ばかりだ。気が滅入るのもわからないではない。はまた「うーん…」とうなり、少し思案してから「よし」と言った。

「今日の訓練をしっかりやり遂げたら、お昼ご飯ごちそうしてあげる」

「マジ!?やったー!!」

両手を上げて喜んだのはやはりシズマで、だが隣のジェイルもわかりやすく反応していた。さらにはシンとトウマもをじっと見て、キラも目をぱちくりさせている。

「もので釣るわけじゃないけど、たまには御褒美も必要でしょうしね」

「まぁ…確かに」

キラは頷いて彼らを見た。目標ができた少年達は嬉しそうで、やる気に満ちていた。





















午前中の訓練を手際良くいい成績で終え、ヤマト隊一行は私服に着替えて街に繰り出していた。いつもこれくらいの成績たたき出してくれたらねぇ、というの皮肉は、シンとトウマはとにかくシズマとジェイルにはきこえていない。はやれやれと息をついてから、少年達にきいた。

「さて、何が食べたい?」

「はい!肉が食べたいです!」

真っ先にまっすぐ手を挙げて答えたのはやはりシズマだった。それにジェイルは「おいおい」と小さく呟き、トウマは渋い顔をしている。

「肉はあまり好きじゃない…」

「何言ってんだよ!体力つかないぞ!」

「体力に困らない程度には食べてるから問題ない」

2人のやりとりを見て、ジェイルは肉好き、トウマはあまり好きじゃないと頭の中にインプットしつつ、店を考える。メニューに偏りがなくみんなが好きに食べられるといえば。

「えー…ファミレスですかぁ…」

「文句言わないの。なんなら来なくてもいいわよ?」

「すいません!行かせてもらいます!」

ビシッと素早い変わり身で敬礼する様を見て、素直でいい子ではあるんだけどねとは苦笑したのだった。 平日昼間のファミレスは思ったより人が少なく、お好きな席へどうぞ、と店員に告げられた。どこにしようかと見渡した時、不意に見慣れた色合いが視界に入って目を瞬かせた。

「ねぇ、、あれって…」

キラも気づいたらしく、に声をかける。は小さく笑みを浮かべて、上司らの行動を待っていた部下達に「こっち」と声をかけて歩き出した。近づいていくと、向かい合って座る彼らの片側がらに気づいて「あ」と声をもらした。と同時にがぴたりと足を止める。死角になっていて気づかなかったが、そのボックスにはもう1人いたのだ。ぱちくりとその人物を見るとそちらもに気づき、ぺこりと頭を下げる。

「…珍しい…」

「!?」

何事だ、と振り向こうと身を動かしかけていた、に背を向けた状態の彼が勢いよく振り向いた。そして彼は、イザークはと同じように目を瞬かせた。

「…?なぜこんなところに」

「いや、それはどっちかっていうとこっちの台詞だと思うけど。しかも、珍しくシホちゃんまで連れて」

言いながらは再び、ジュール隊唯一の赤服女性パイロットであるシホ・ハーネンフースに顔を向けた。シホはビクッと身体を震わせたあと、お手本のように綺麗な敬礼をした。その様子には苦笑して手を振る。

「基地外だし、今はフリーなんだから、敬礼はいいわよ」

「はっ、い、ですが…」

「いいのいいの。気にする人は気にするかもしれないけど、少なくとも私とキラは気にしないわよ。ねぇ?」

半身振り返って隊長に同意を求めると、彼はきょとんとしてから、小さく笑みを浮かべて頷いた。その様子を見てシホはほっとしたのか、少しばかり力を抜いた。

「で?どうしたんだよ、ぞろぞろつれてさ?」

傍観していたディアッカが口を開いて話を進める。は、ほとんどがジュール隊隊長と副官の前でかたまっているヤマト隊の面子を振り返り、「御褒美で」と答えた。

「御褒美?」

「訓練お疲れ様、ってね」

「…お前な…」

イザークがジト目でを見る。

「訓練は報酬を求めてするものじゃないだろうが」

「それはわかってるわよ。でもちょっと、訓練続きでモチベーションに影響が出てきちゃってて。訓練しっかりやったらお昼ご飯ごちそうするって言ったのよ」

「……」

しばしの沈黙、そしてため息。呆れているのは見ればわかる。だがまぁ許して欲しい、とは苦笑を浮かべた。そして今度は首を傾げる。

「そっちこそどうしたの。イザークがファミレスにいるって時点で違和感なんだけど」

「どんな認識だそれは」

「いや、だってあんま好きじゃなさそうだし…」

「…」

否定はしない。軽く目をそらした顔がそう言っていた。

「別に、なんでもいいだろう。たまにはこういうところにも来たくなるんだ」

「ふぅん?まぁいいけど。お隣失礼〜」

言ってはジュール隊3人の隣のボックスに入り込んだ。新人3人と、キラ、、シンに別れて座る。その様を見ながらイザークは小さく息をつき、そのイザークを、シホは少々困り顔で見ていたのだった。 隣のテーブルの食事をしながらの談笑を、イザークは密かに横目で見ていた。実際にはディアッカにもシホにもバレバレで、密かにどころではないのだが。楽しそうに話すシズマやジェイルの話を、が微笑みを浮かべながら眺めている。その様子がどこか昔の風景と重なって、ほんの少し、切なくなった。 食事を終えたが食後のコーヒーを楽しんでいると、不意に電話がなり始めた。ディスプレイを見て、ユーリは淡く微笑む。自分に向けられたわけではないが、イザークの胸がドキ、と鳴った。愛しいものに向けるような、そんな表情を向ける相手は、限られている。だが彼女の愛しい弟は隣に座っており、同じく愛しい妹は、こんな真昼からそうそう私電をかけられるような立場ではない。では、一体誰なのか。「ちょっとごめん」と仲間達に声をかけては席を立ち、店の出入口へと向かう。その間にも「もしもし?うん、」などとやわらかい声がきこえて、余計にざわつくものが胸を這った。

「…イザーク」

「…なんだ」

「いやぁ?」

気づかれている。にやにやこちらを見てくる顔が妙に腹立たしくてイザークは立ち上がった。そしてそのままが歩いて行った方へと向かっていく。その後ろ姿を、ぽかんとした表情でディアッカとシホ、ヤマト隊の面々は見送った。

「…何言ったんですか?ディアッカ」

「いや?別に、何も?」

確かに何も言っていない。キラはまだ少しにやにや顔のディアッカにため息をつき、2人がいなくなった通路を見つめた。


















店を出たすぐの所に、はいた。相変わらず穏やかな表情で電話向こうの相手と会話をしている。イザークはそんな様子を、の死角になる位置からじっと見つめていた。

(盗み聞き…ではないぞ!ほとんどきこえないからな!)

自分に言い聞かせるかのような言い訳は、プライドゆえだろうか。 盗み見ている時点でいかがなものかと、残った面々は思っているに違いないのだが。

「こっちは滞りなく…とまではいかないけど、それなりにやってるわよ。ちょっとモチベーション下がってきちゃってるけど」

訓練ばかりだろうからな、と電話向こうの相手が返した。先ほどもきいたモチベーションという単語がきこえてきて、相手は軍関係者か?とイザークは目を細めた。

「そうなのよねぇ。だから、モチベーション上げるためにみんなでご飯にきてるってわけ」

通話口の向こうで笑い声が上がった。それに対するの返しは苦笑。そんな感じで話が進んでいると、不意にが身を翻してイザークの方を振り返った。目が合い、ピシ、という効果音が合いそうなくらい見事に、2人ともが固まった。

『どうした?

「いや…うん、なんでもない」

急に黙り込んだの様子に電話向こうの相手が首を傾げる。が返すと、彼は「そうか」とだけ返した。軽く挨拶をして通話を終え、がイザークをちら、と見た。イザークはバツが悪そうにから目をそらしている。

「…気になったの?」

「…別に、そういうわけでは」

「アンディよ」

「…そうか」

相手が、が兄のように慕うバルトフェルドだとわかると、イザークは安堵の表情を見せた。やっぱり気になってたんじゃない、とは口に出さず、は小さく笑みを浮かべたのだった。 何事もなく帰ってきた2人を見て、キラとシホはほっとひと息ついた。なぜ?と首を傾げると把握して目を細めるイザークがそれぞれの席に戻る。それから少しして、2組は一緒に店を出た。


















「ヤマト隊長▲

「はい」

急に形式名で呼ばれ、キラはピタッと動きを止めた。ほかの者らも何事かと彼らを見る。

「明日、1000(ひとまるまるまる)、ヴォルテールに招集だ。任務を言い渡す」

「やっ…!っ」

た、と言おうとしたシズマの肩をがはたいて黙らせる。案の定、イザークからジト目をもらっていた。イザークがキラに目を戻すと、キラは頷いて敬礼した。

「了解しました、ジュール隊長」

その返答にイザークは満足そうに頷く。形にはなってきたじゃないか、と。

「詳細は明日伝える。これから明日に備えておけ」

「はい」

「機体はどうするの?」

「本日中にフリーダムとワルキューレはヴォルテール納艦の格納庫へ移動させておけ。ゲイツと2型はこちらで指示を出しておく」

「了解」

「 以上だ」

締めくくられると、ヤマト隊6名はイザークに敬礼した。その様子を見て頷くと、彼ら3人は背を向けて歩いて行った。

「は〜・・・かっこいいよな、ジュール隊長」

「威厳あるよな。さんのひとつ下でしょ?」

「隊長がくるまで最年少隊長だったんだよな」

シズマ、シン、ジェイルの言葉である。威厳の無い隊長は、あははと小さく乾いた笑いを漏らした。

「元々上に立つ素質はあったし、隊長になって3年くらいは経つだろうしね。キラは、その、威厳は無くても他で引っ張れるし、ね?」

「威厳は無いって言っちゃってますし疑問形になってますけど」

シンに突っ込まれ、キラがさらになんとも言えぬ顔をする。今度はユーリが乾き笑いを漏らした。

「とにかく!明日から任務だから、みんな気合入れるように。私とキラはこれから機体を動かしに行くから、ここで解散ね」

「はい」

失礼します、とシズマとジェイルが敬礼して背を向ける。その背を見送っていた達だったが、ふとまだ動かない2人を見て首を傾げた。

「どうしたの?シン、トウマ」

「あ、の。フリーダムを、見たいんですけど!」

「え?」

シンの申し出にキラがきょとんを目を瞬かせる。見るも何も、シンは先の戦いで実際に戦ってすらいるのだが。

「自分も、フリーダムとワルキューレを間近で見たいと思い、残らせてもらいました」

「間近で、ねぇ」

「コックピットとか!」

確かにコックピットは敵対していた時には見れたものでは無い。うーん、と考えた結果、わかったとが頷いた。




















フリーダムとワルキューレが格納されている場所へ行き、機体の前に立つ。モニター越しではない、戦闘中でもない、すぐ目の前にその機体を見て、シンもトウマも目を輝かせていた。

「俺が落としたのとは、違うんですよね」

「うん。あっちのフリーダムは海に沈んでしまったからね。これはストライクフリーダムだよ」

「ドラグーンシステムを搭載して、フリーダム同様ミーティアにも対応した機体。まぁ、ミーティアはエターナルがいないと装着できないわけだけど」

「はー・・・」

説明を受けながら、感嘆の息を漏らす。その横で、トウマはシンの発言に思う所があったようで小さく口を引き締めた。

(俺が、落とした・・・)

新しい隊に所属されはしたが、シンとトウマではスタートラインが違う。卒年も異なれば、経験もまるで違う。そこにどこか、焦りのようなものさえも感じだ。

「ドラグーンシステムって、あの、レジェンドにも、ついてたやつですよね」

「そうよ」

少しどもりながらになってしまったシンに、は平静のまま答える。彼も“彼”に対して少しずつ歩みを進めているのを尊重しながら。

「ワルキューレには無いんですか?」

「ワルキューレは後付けで搭載されたわね。後付けだからか扱いがちょっと難しくて、なかなか使いどころが見いだせないのが本音」

肩をすくめてみせると、シンは「へーっ」と声を上げた。

「ほら、さっさと動かしてしまうわよ。シンはキラの方に。トウマ、こっちきて」

「はい」

それぞれに呼び、シンはフリーダムのコックピットへ、トウマはワルキューレのシート後ろに立たせる。

「移動するだけだから激しくは動かないけど、念の為気を付けててね」

「はい」

言うとはワルキューレを起動させてキーボードをたたき始めた。設定はとくに必要は無いが、最後に調整してからしばらく触れていない。念の為、である。

「そういえばさ、トウマ」

キーボードに指を走らせたまま、彼女は後ろの彼に声をかける。はい、と返事をすると、は一拍おいて口を開いた。

「さっきシンに、思う所があった?」

「っ」

なぜ、ばれた。トウマは息をつまらせると、動揺を隠すように静かに深呼吸をして、言葉を紡いだ。

「・・・俺はアカデミーを卒業したばかりの新兵、シンは先の戦いで前線で戦った元ミネルバの戦闘員・・・スタート地点が違いすぎるのに、わかっているのに、変な思いが渦巻いているんです」

「・・・そっか」

チェックが終わったのか、キーボードがサイドに収納された。レバーとスイッチを順に操作しながら、は言葉を続ける。

「誰だって初めは新兵よ。シンだってそうだし、私だってそうだった。もちろん、イザークやディアッカも」

「・・・はい」

「失敗もするし、後悔もする。多くのものを傷つけて、自分も傷ついてしまう」

「・・・」

「そういうの、いろいろ経験しなさい。そうしたらきっと、見違えるようになるから」

「・・・はい」

少し楽になったのか、トウマが小さく息をついた。その様子を背後で感じ取り、はアクセルを踏んだ。
















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