白き大天使、飛翔






















これでひとまず驚異は去ったであろう。こどもたちをカリダとマルキオに任せ、らは格納庫で話し合っていた。


「アッシュ?」

「あぁ、データでしか知らんがね」

「私も初めて見た」


あれは最近できた機体で、まだ正規軍にしかないはずのもの。となるとやはりあれは、ザフト軍の手の者ということになる。ザフト軍が、ラクスを狙ったということだ。


「なんだかよくわからんが、プラントへお引越しってのも、やめといたほうがよさそうってことだな」

「でも、なぜ私が・・・」

「・・・何か知っているな?

「・・・」


バルトフェルドがを見る。先ほど「デュランダル議長が」と口にしたことを言っているのだろう。は息をはき、言葉を紡いだ。


「デュランダル議長は、ラクスの偽物をつくってる」

「なに・・・?」


バルトフェルドが、いや、四人ともが、怪訝そうに眉をひそめる。


「プラントではいま、“ラクス・クライン”が平和の歌を歌っているわ。ラクスの声と姿を利用して、デュランダル議長が、プラントの人々の心を掴んでいるの」

「けど、そんな」

「似ている声の人を探せばあとは整形でどうとでもなる。ラクスはまだプラントにとって“平和の象徴”ってことなんでしょう。いいようなわるいような、ね」

「だから、本物を暗殺しようと・・・?」

「おそらくは」


沈黙が流れる。重い空気になりかけたとき、場にそぐわない、だが安堵できる声が響いた。


「まぁまぁまぁ」

「え?」

「マーナ・・・さん?」

こどもたちに連れられてきたのは、カガリの侍女のマーナだった。


様、キラ様!」


マーナが歩み寄ってきて、キラに一通の手紙を渡す。


「カガリお嬢様から、これを」

「え?」

「お嬢様はもう、ご自分ではお出かけすることができなくなってしまいましたので、マーナがこっそりと預かってまいりました・・・」

「何?どうかしたの?カガリさん」

「お怪我でもされたのですか?」


何があったのかとマリューとラクスが声をかける。


「いいえぇ、お元気ではいらっしゃいますよ。ただもう、結婚式の為に、セイラン家にお入りになりまして・・・」

「えぇ!?」

「なんですって!?」


カガリにはユウナという婚約者がいる。亡命者であるアスランは、表立って恋人などということはできない。だから婚約者というものがいても不思議ではないのだが、結婚とは、急すぎる。いくら昔からの付き合いとは言え、まだそんな話にはなっていなかったはずだ。だがそんなことよりもの怒りの矛先は別のところに向いていた。壁を殴りつけると、ガンっといい音がした。


「・・・あの馬鹿が・・・」


そばにいてあげないから。一人にしていたから。カガリは、逃げ場所も、隠れ場所さえも失ってしまった。怒りを抑えきれずにいると、キラがを呼んだ。手紙を受け取り、目を通す。ユウナらセイラン家のものへも怒りがこみ上げ、しかしアスランへの怒りも収まらない。


、アスランは・・・」

「・・・殴り倒してやる」



「ひっぱたくなんて生易しい。拳で殴ってやらなきゃ気がすまない」


の顔が、悔しさと、怒りと、悲しみに満ちて歪んでいた。






















キラたちは、覚悟を決めた。そうすることが正しいことかなんてわからない。だがそれでも、このまま進んでいいわけがない。世界が本当に戦乱の渦に飲み込まれる前に、止めなくては。かつて共に戦った艦を見上げ、は前を見据えた。アークエンジェルのかつてのクルーたちも、少しだが戻ってきてくれた。操縦士のノイマン、整備士のマードックらがいてくれて、心強い。ブリッジで各自定位置について艦のチェックを行う。もブリッジにいた。


「あの、バルトフェルド隊長?」

「うん?」


艦のチェックをしていたバルトフェルドに、マリューが声をかける。


「やっぱり、こちらの席にお座りになりません?」

「いやいや、もとより人手不足のこの艦だ。状況によっては僕は出ちゃうしねぇ。そこはやっぱり、あなたの席でしょう。ラミアス艦長」


ブリッジ内のみなの視線がマリューに向く。一度マリューがを見たので、しっかりと頷いてあげた。マリューは微笑みを浮かべながら、その艦長席に腰をかけた。AAのチェックが終わり、注水が始まる。


「こんな時にどうでもいいこと言っていい?」

「なんだこの大事なときに」

「・・・アンディ、その格好似合わないわね」

「・・・ほっとけ。お前こそ、なんでそれなんだ」


言われては自分の格好を見た。なんてことはない、見慣れたザフトレッドの軍服だ。


「私の一張羅よ?」

「この格好が嫌か」

「嫌じゃないけど、似合わないもの、私に白系は」


赤が落ち着く、と言うと、染み付いてるなと笑われた。やがてキラがブリッジに入ってきた頃、AAは前進しはじめた。海面が近づいてきて、艦が海から顔を出す。


「離水!アークエンジェル、発進!」


マリューの号令とともに、AAは今再び、空を駆けた。





















はブリッジに残り、キラはフリーダムへ移った。


「キラ」


発進準備をしているキラに、が声をかける。


『うん?』

「カガリを、お願いね」

『うん』

「フリーダム、発進、よろしいですわ」


CICに座ったラクスがキラに合図を送る。


『キラ・ヤマト、フリーダム、行きます!』


かつての艦から、かつての翼が飛び出した。目指す場所は、姫の涙する聖地。




















キラがカガリを迎えに行っている間にAAはオーブ軍艦隊に囲まれた。だがひとまず攻撃を仕掛けてくる気配はない。様子を見ているのだろう。やがてフリーダムがAAに帰艦して、AAは潜行を始めた。攻撃をしかけてくるかとも思ったが、オーブ軍艦隊は、動くことはなかった。


「・・・ありがとう」


見逃してくれた艦隊に礼をつぶやき、AAはそのまま、光に向かって前進した。




















カガリが入艦したので、はブリッジへと走った。


「カガリ!」

・・・」


なんだか疲れた顔のカガリを抱きしめる。だがカガリはすぐにを突き放した。まぁ、無理もない。ひとまず着替えをさせ、カガリをブリッジへと連れて行った。


「いったいどういうことなんだ!?こんな馬鹿な真似をして!」


結婚式場からフリーダムで花嫁、しかも国家元首を拉致、なんてことは、たしかに馬鹿な真似である。国際手配の犯罪者級だ。


「正気の沙汰か!こんなことをしてくれと、誰が頼んだ!?」

「いや、まぁね、それはわかっちゃいるんだけど・・・」

「でも、仕方ないじゃない」


濁すバルトフェルドとは反対に、キラがはっきりとカガリに言う。


「こんな状況の時に、カガリにまで馬鹿なことをされたらもう、世界中が本当に、どうしようもなくなっちゃうから」


キラの“馬鹿なこと”発言に、カガリの顔がますます険しくなる。きっぱり言うなぁとは呆れ半分感心半分で、ここはキラに任せることにした。としてはカガリのほうもだが、いまだアスランへの怒りもおさまりきっていないのである。


「何が・・・何が馬鹿なことだというんだ!私はオーブの代表だぞ!?私だって、色々悩んで、考えて、それで!!」

「それで決めた、大西洋連邦との同盟や、セイランさんとの結婚が、本当にオーブの為になると、カガリは本気で思ってるの?」


キラの言葉に一瞬カガリが怯む。が、すぐに「当たり前だ!」と声を上げた。


「でなきゃだれが結婚なんかするか!もうしょうがないんだ!ユウナやウナトや、市長たちの言うとおり、オーブは再び国を焼くわけになんかいかない!」


カガリの悲痛な叫びがブリッジに響く。


「そのためには、今はこれしか道はないじゃないか!」

「でも、そうして焼かれなきゃ、他の国はいいの?」

「!」

「もしもいつか、オーブがプラントや、他の国を焼くことになっても、それはいいの?」

「いや、それは・・・でも!」

「ウズミさんの言ったことは?」

「・・・でも!」


キラの適切な言葉に返す言葉がなく、カガリは涙を浮かべながら「でも」と繰り返す。


「カガリが大変なことはわかってるよ。今まで、何も助けてあげられなくて、ごめん」


政治のことを一般市民が口をだすわけにはいかない。誰も、手を出すことのできない領域だったのだ、あの場所は。護衛となったアレックス、アスランにも。


「でも、今ならまだ間に合うと思ったから。僕たちにも、まだ色々なことはわからない。でも、だからまだ、今なら、間に合うと思ったから」


そう言ってキラはポケットからそれを取り出して、カガリに渡した。手のひらに乗せられたそれを見て、カガリが息を飲む。アスランがカガリへ贈った指輪。結婚するから持っていられない、だが取り上げられるのも、捨てるのも嫌だから、キラからアスランに返してくれと頼まれた、ちいさなハウメアの石が埋め込まれた指輪だ。


「みんな同じだよ。選ぶ道を間違えたら、行きたいところへは、行けないよ」


仕方がないでユウナと結婚してしまったら、アスランとの未来は断ち切られる。カガリの方からそれをしてしまったら、アスランは本当に、諦めるしかなくなるのだ。カガリはその指輪を両手で握り締め、胸に抱いた。


「だから、カガリも一緒に行こう」

「・・・キラ・・・」

「僕たちは今度こそ、正しい答えを見つけなきゃならないんだ、きっと。逃げないでね」

カガリがしゃがみ込んで泣き崩れた。それをカガリが優しく抱きしめて撫でる。カガリの泣き声が、しばらくの間ブリッジに広がっていた。




















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