敵とは
ミネルバは降下の際に不具合が起きたかの確認と調整のため一時停止して、休息に入れるものは休息に入っていた。シンやカガリたちもまたデッキに出ていたが、はワルキューレのコックピット内でニュースを見ていた。ユニウスセブンを砕くことはできた。だがやはり破片は落ち、隕石は世界を壊した。大地にはクレーターをいくつもつくり、海に落ちたものは大津波をうんで街を飲み込み、たくさんの命が、喪われた。止めきれなかった。たくさんのものが破壊され、うしなわれた。一部の、パトリック・ザラ派のものとはいえ、コーディネイターが、地球を傷つけた。みんなは大丈夫だろうか。おそらく地下に避難はしただろうが、気がかりであることにかわりはない。そして、アスランのこともまた気がかりだった。
「・・・パトリック・ザラのとった道こそ、コーディネイターの正しき道、か」
決してそんなことは思わない。アスランだってそれは同じだ。だが、その言葉はアスランにとって、傷を抉るものだっただろう。だからこそ、あの時一瞬の隙をつかれたのだ。だがそれでも自分がアスランにかけてやれる言葉などない。言っても気休めにしかならない。厳しいのかもしれないが、他に思いつくことなどなかった。
艦内をふらりとしていると、銃声がきこえてきた。訓練かな、と顔をのぞかせると、そこにはレイ、ルナマリア、メイリンがいて、さらにはアスランもいた。そしてなぜか、その手には銃。
「・・・何事?」
シンもやってきて、一緒にアスランのシュミレートを見る。アスランは次々に出てくる的を、一弾足りとも急所から外さずに撃ち抜いた。
「うっわ、相変わらずこわい腕前」
「人の事言えないだろう、ていうかいつの間にいたんだ」
「さっきの間によ」
なんて言葉を交わすと、ルナマリアから賛美が上がった。そしてアスランは見抜いたルナマリアの癖を、指摘して教える。壁にすがりながら、は「うーん」と唸った。
「アスランは教えるのもうまいから、いい教官になれそうねぇ」
「・・・あなたもいかがです?」
「え?」
不意に差し出された一丁の銃。渡してきたのはレイだった。
「えーと・・・私もやれと?」
「ぜひ、拝見させていただきたい」
「・・・まぁ、いいけど」
レイから銃を受け取り、位置にたつ。「そういえばの射撃訓練は見たことないな」とアスランがこぼした。宇宙の艦内ではそうそう射撃訓練をすることもないから、当然といえば当然だ。
「あたし、さんの成績までは知らないんですけど、どうなんですか?」
「それはアカデミーの成績か?射撃とMS戦は一位だったときいたが」
アスランがそう返した直後、銃声が響き渡った。アスランの時と同じように、次々と出てくる的。もまた、寸分違わず急所を撃ち抜いていった。
「すごーい!さんも射撃、お上手なんですねぇ」
「まぁ、なんていうか、ね」
普通のコーディネイターより少々性能はいいから、なんてことは言えない。普通のコーディネイターであるはずのアスランがこのレベルなのだから、アスランのほうが断然すごいのである。ふとアスランが上を見た。そこにカガリの姿を認めてアスランがルナマリアに銃を返す。
「こんなことばかり得意でも、どうしようもないけどな」
そして艦の中に入るために歩き出す。その背中に、ルナマリアが「そんなことないですよ」と投げかけた。
「敵から自分や仲間を守る為には必要です」
その言葉をきき、アスランが足を止めて、首だけ返してルナマリアを見、吐き捨てるように言った。
「敵って、誰だよ?」
先の戦いが終わり平和になったはずの世界の“敵”とはなんなのか。平和になったはずなのに“敵”と戦うために力をつけるなど、矛盾しているのかもしれない。また足を進めるアスランに、今度はシンが声をかけた。
「ミネルバは、オーブに向かうそうですね」
アスランは、また足を止めた。
「あなたもまた、戻るんですか?オーブへ」
「あぁ」
「なんでです?」
「・・・」
アスランは、即答できなかった。
「そこで何をしてるんです?あなたは」
シンの問いかけは、ひどく的を射ていて、もまた、眉をひそめた。そしてアスランは、シンの問いかけに答えることなく、再び足を踏み出した。
「・・・無視かよ」
「無視っていうか・・・シン、ちょっと、きついわ」
「なんでですか、俺は思ったことを言っただけです!」
「・・・あんたとカガリ、似てるわ。同族嫌悪ってやつなのね」
「はぁ!?あんなのと一緒にしないでください!」
シンの言い様にはひくりと口元をひきつらせた。オーブの代表、そして人の妹をあんなの呼ばわりとは。後者の方は公表していないので反論できないが、前者だけでも大問題である。
「あんたもカガリも直情的で真っ直ぐで馬鹿正直なのよ、まったく・・・アスランもそうだけど」
「シン当たってるー。え、アスランさんも?」
ルナマリアが小さく拍手し、そして驚きの声を上げた。
「アスランもよ。そんでもって一人で抱え込んで無茶苦茶するっていうオプションつき。ほんと、どいつもこいつも、って言いたくなるわ」
はぁ、とため息をつくと、「へー」と間の抜けた声があげられる。やがて発進連絡があり、一同は射撃訓練を終わらせて艦内へと戻った。
オーブへ入港し、カガリらはようやく帰国した。出迎えた行政員らや軍人らの中に嫌な顔があって、は顔を歪ませ踵を返した。ミネルバ艦内へ。
「あれ、さん?降りないんですか?」
「・・・私あいつ嫌いなのよ。だからあとにする」
「はあ」
ルナマリアに言っては廊下をつかつか歩いた。ドッグにいればどうせ機体整備のためにオーブの整備員がやってくるだろう。それに紛れて合流で構わない。アスラン一人をその場に置いてくるのは忍ばれたが、態度を顔から隠すのが得意でないは仕方がないと自分に言って聞かせた。
オーブは幸い被害が少なくすんだらしい。だが地球上は混乱状態だ。ユニウスセブンの降下がコーディネイターによるものだというのが世界中に知れ渡り、またデュランダルもそれを認めたのだという。それにより、地球上にはプラントを、コーディネイターを憎む声が大多数上がっているのだとか。はモルゲンレーテ内にワルキューレを移動してきてため息をついた。こんな事件が起こり、またコーディネイターとナチュラルが袂を分かってしまうのか。また、あの言葉を高々ときくことになるのか。ダンっとコックピット内を殴りつけると、下から「落ち着けよ、」ときこえてきた。顔をのぞかせるとそこに知った顔があって、はぱっと顔を明るくする。
「アンディ!」
「おっとそのまま降りてくるなよ?受け止めてなんてやれないからな」
「わかってるわよ!」
思わず飛び降りようとしたを急ぎ止め、バルトフェルドは笑った。大体のことは済ませたからあとは整備士たちに任せることにし、はバルトフェルドと共に工場内を出た。
「戻らなくていいのか?」
「とりあえず声きけたから、ワルキューレ優先にした」
「珍しいな」
「私だってずっとべったりじゃないのよ?」
笑ってみせると、そうかそうかと頭を撫で回された。もう頭を撫でられる年齢でもないのだが、バルトフェルドにとっては関係ないらしい。そのあとは少し歩いて、地球での家へと帰った。帰宅して大切な弟を目にし、「キラ!」と抱きつきに走ったのは、言うまでもないことである。
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