前へ、未来へ





















プラント最高評議会代表とオーブ連合首長国代表との会談にて、正式に停戦がなされた。終戦のための協議に入り、両国の関係を仲介したラクス・クラインは、プラント最高評議会の要請を受け、プラント本国へ戻った。評議会はラクスを次代議長に推薦し、ラクスもこれを承諾したのであった。


「ラクスが議長、か」


ラクスが議長になれば、そう滅多なことは起きないであろう。もちろん彼女の人望をもってしても、反旗を翻すものが無いとは言い切れない。その時はまた、戦乱になる前に抑えるしかない。カガリもオーブで首長として奮闘しているし、アスランは本格的にオーブ移住を決めて手続きをしているらしい。マリューとムウはこのままアークエンジェルと共にオーブ軍所属に、シンとルナマリアはザフトへ戻り、メイリンはオーブへ移住するとのことだ。


「みんな、前を向いて歩いてるのよね・・・」


はエターナルの部屋で一人ぼんやりとしていた。その手にはイザークからもらったピアスがあり、意味もなく転がしている。いつの間にか疲れているときやこうしてぼーっとするときにこの行動をする癖がついていた。


、今いいですか?』


不意に、議長となって忙しいはずのラクスの声が外からかかって動きを止める。なんだろうと思いつつ「どうぞ」と返すとドアがスライドされて、ラクスが入室してきた。その手には何やら袋を手にし、彼女の後ろには、いつものオーブ軍服ではなく、少し前までがよく目にしていた、今は大切な人も着ている、白い軍服を着たキラがついていた。


「ラクス、どうしたのキラも、その格好・・・」

にお話があって来ました」


ラクスがキラに目配せをして、に向き直る。


「キラはオーブの階級をもちながらザフトにも所属する、異例の立場となりました。これはオーブとプラントの橋渡しの意味も含まれています」

「キラが・・・」


キラに目を向けると、彼はただ苦笑した。自分でもとんでもないものだということを言っているのだろう。


「でも、キラは元々軍人じゃないから軍事にも、ましてやザフトにもまったく・・・」

「はい。ですので、不慣れなキラを支えてくださるのに相応しい方を、評議会上層あてに推薦してきました」

「・・・まさ、か」


このタイミング、そしてこれをに言うということは。は目を瞠り、ラクスの言葉を待った。


「私が推薦したのは、、貴女です」

「っ!」


やはりそうだった。は自分で息が詰まるのがわかった。


、ザフトに戻って、キラの副官となり、キラを支えてください」

「・・・・・っ・・・ずるいわ、ラクス・・・」

「・・・そう言われても、仕方がないと思いますわ」


キラのため、キラを支えるため、となればは頷くと考えたのだろう。だがラクスはずるいと言われても、謝ることは決してしなかった。


、それでも私は、にも前を向いて歩いて欲しいのです。これはその第一歩だと」

「・・・」

「他にキラを頼める方がいないのもまた事実ですわ。キラと親しく、物怖じせず、ザフトやプラントに詳しい方は、あとはアスランくらいですから」


アスランはすでにオーブへの移住を決めており、戸籍もプラントからオーブに移している。彼はすでに、今度こそカガリと歩むという覚悟を決めている。


「・・・・・前を向いて歩く、か・・・確かに、私はまだここ≠ノ取り残されている感じだものね・・・」


大きく息を吐いて、一度額から目元をおさえて、俯く。ラクスたちはの様子を見守っていた。の決意を見守っていた。やがては大きく息を吸い、また吐いて、わかった、と呟いた。そして立ち上がり、ラクスをまっすぐ見て、右手を額の横に持ち上げる。


「拝命仕ります、クライン議長」

「・・・ありがとう」


久しくしていなかったザフトの敬礼。ラクスはそれを見て目を伏せて小さく笑みを浮かべたあと、手に持っていた袋からそれを取り出した。両手で差し出されたそれを見て、は目を瞠る。


「これ、って」

「貴女の新しい軍服です。そう変わってはいませんが、やはり新たな一歩ですから、新調した方がよろしいのではないかと」

「で、でも、これ≠ナ、いいの?」

「はい。これに関しても、異を唱える方はほぼいらっしゃいませんでした」


満場一致ではなかった、が、多くの者が是と頷いた。それがにわかには信じられなかった。だが若干震える手でそれを受け取れば、これが本物であることが感じられた。今が着ているものと同じ、ザフトレッドの軍服。本来ならばこれはアカデミーの成績上位のエリートを示すもの。ディアッカはザフトに戻ったときこれを剥奪されて緑の軍服となった。だが自分は赤≠フままで、いいのだろうか。


「突然現れた、それも敵対していたキラを、良しと見ない方々も、やはりいらっしゃいます。ですのでそれは、牽制の意味も込めています」


それはそうだ。ストライクに、フリーダムに与えられた被害は尋常ではない。いつ恨みを向けられてもおかしくはないのだ。ザフトレッドを着て、威嚇でもしろということなのだろうか。キラに後ろを向かせ、は今着ている赤≠ゥら、新しい赤≠ヨと着替えた。デザインはほとんどかわっていないのに新品のそれはぴしっとしていて、気持ちから新たなものにさせるようだった。


「やはりは、赤が良くお似合いですわ」

「・・・ありがとう」

「明日、評議会へ正式に任命を伝えます。その時はにも来ていただきますので、よろしくお願いしますね」

「了解」


時間や待ち合わせ場所を照らし合わせ、ラクスとキラは部屋を出て行った。は自分の手を広げて見た。新しい軍服の袖はぴしっとしている。


「・・・前へ、か」


これで少しは前を向けるのだろうか。きっと嫌でも忙しくなり、嫌でも歩かなければならなくなる。前へ進む一歩が踏み出せずにいた自分にきっかけを与えてくれたラクスに感謝しながら、は明日に備えて休んだ。





















評議会議が開始された。は呼ばれるまで外で待機となっている。妙に緊張してしまって心臓がどきどき言っている。こんなのはクルーゼ隊就任以来だろうか。そしてついに、そのときがきた。


「ヤマト隊副官は、彼女に任命致しました。中へ」


ラクスの声に引かれ、が扉を開ける。一部の者が、を見て目を瞠った。控えていたイザークは思わずラクスを見やる。彼女はただイザークに微笑んでみせた。


(ラクス嬢が・・・議長がに言うことがあると言ったのは、このことだったのか・・・!)


はイザークの前を通るときわずかに彼を見たが、当人はラクスを見ていて気づかない。イザークもまたラクスの行動に驚かされたのだろうなと判断して、は促された場所へと立ち、敬礼した。


「ヤマト隊副官を拝命仕りました、です。一部の方々は驚かれたことでしょう。出戻りとなる私を良く思わない方々もいらっしゃるでしょう」


何を言い出すんだ、とイザークは内心ハラハラしていた。だがそんな案じに気づくこともなく、は続ける。


「私はザフトのために、とは言いません。ですが、プラントのために、地球のために、尽力をつくしたいと思います」


言い切り、再び敬礼。少々ざわつきはしたものの、のヤマト隊副官就任はこれにて成った。会議が終わり、議員たちが出て行く中、はキラと最後までそこにいた。


「緊張した?」

「した・・・」

「僕も昨日は緊張したよ」


笑うキラに苦笑を返す。ラクスもすでに部屋を出ていたが、これからはまた別の行動をすることになるのだから、それも仕方のないことだった。だが、そんな彼らのそばに、カツカツと靴を鳴らしながら近寄ってくる者がいた。


「お前・・・っ!どういうことだ!?」

「どういうことも、こういうことですが」


さらっと言ってのけるにイザークがぐっと堪える。彼の後ろからディアッカも歩いてきて、これで最年少隊長組の隊長副官がそろったことになる。


はなんで赤なわけ?俺緑だったのに」

「ラクスの・・・議長の計いですって。そうは言ってもあんたそんなの気にしないでしょ?それにもう黒に昇給じゃない。おめでとう」

「まぁな、あんがと」


そう、ディアッカはこの戦いの後に黒に昇給していた。これで晴れて階級としても副官クラスとなった。緑の時から隊長であるイザークを呼び捨てタメ口で言いたいことは言っていたのだから、あまりかわりはしないとは思うが。ジュール隊でそれが許されていたのは、隊の皆がイザークとディアッカが同期で同じクルーゼ隊、仲も良く気のしれた相手だとわかって、それでいいとしているからであった。
はイザークが未だに納得できていないようなジト目で見てくるのを感じて、小さく笑った。


「ラクスが、一歩をくれたの。前に歩く一歩を」

「・・・」

「・・・なんで拗ねてるの?」

「拗ねてなどいない!」


拗ねてるじゃない、と追撃はできず、は肩をすくめた。そこへまぁまぁとディアッカが割って入る。


「イザークはキラのためなら戻るのかって拗ねてるだけだって」

「は?」

「だから拗ねてなどいないし、なんだその理由は!?」

「当たってんだろ?」

「ぐ・・・」


図星らしい。言葉につまり、イザークが唸っている。姉弟たちは目をぱちくりさせて互いを見つめ、イザークに戻した。


「そりゃ、まぁ、確かにキラのためだけど・・・でもこれはきっかけがこれだったわけだし・・・」

「・・・」

「イザークの声が、届いてなかったわけじゃないのよ。ただ、どうすればいいのかわからなかったし、それに、今もまだ、いろんなものが整理できてないことにかわりはない」


の言葉をきいて、イザークが顔を向ける。は苦笑していた。


「ただぼーっとしてても仕方ないんだって、思っただけ。みんな前に進んでいるのに、私だけ取り残されてて・・・。気持ちの整理は、まだ何もできてない。でも、行動だけでも、前に進みたいと思ったの」

「・・・

「だから、もうちょっと待ってね。きっと・・・ちゃんと、話すから・・・」


の視線が下に向く。その頭をイザークが少々乱暴になぜた。ふたりを見てキラとディアッカは苦笑し、それぞれの相棒を呼んだ。





これからまた歩き出す。前へ、未来へ。身体も、心も、少しずつ。明日へ向かって。





















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