想いを





















地表でふたりうずくまっていたシンとルナマリアを、アスランはゴンドワナへと送っていった。そのうちメイリンも元ミネルバクルーたちのところへ戻してあげられるだろう。姉のいるそこへ。それから彼らがどうするかは、彼らが決めることだ。



















エターナル、ならびにアークエンジェルは、ボルテールなどのザフト艦と共にアプリリウスに入港した。これよりプラント最高評議会新代表とラクスを中心にしたオーブ側とで停戦協議が行われる。キラとムウがそれぞれラクスとマリューの護衛についていた。はというと、ワルキューレのコックピットに引きこもっていた。前を向かなくてはならないことはわかっている。だが、それでも考えてしまうのは幼い記憶の中にある恐怖心。はぎゅっと自分の身を抱きしめた。蔑む目、畏怖の目、大きな血だまり、いくつもの廃棄処分となった水槽・・・それらは簡単には頭の中から消えてはくれなかった。考えないようにしようと無心を保とうとしていたら、コックピットに通信を知らせる音が響いた。ブリッジからの通信で、何事かとオンにすると、ミリアリアの顔が映し出される。


『あ、さん、今大丈夫?』

「え、えぇ、大丈夫だけど・・・」

さんに会いたいって人が来てるんだけど・・・』


ドキ、との心臓が跳ねた。このタイミング、そしてに会いに来る人なんて限られている。だが彼はまだ忙しいはずなのだが。


『どうしよう?ブリッジに来る?それとも別室?そっちに行ってもらう?』

「・・・悪いけど、こっちに来てもらえるかしら?」

『わかった、そう伝えるね』


ぷつっと通信が切れ、モニターが暗くなる。心の準備などまだできていないのだが、どうしたことか。大きくため息をつき、はコックピットの天井を仰いだ。





















嬢ちゃんお客さんだぜ、とのマードックの声をは華麗にスルーする。膝を抱え込んでモニターをじっと半眼で見ていた。


『おい嬢ちゃん!』

「・・・心の準備ができてない」

『なんだそりゃあ?度胸のいい嬢ちゃんの台詞じゃねぇぞ?』


一体なんだと思われているのだろうか。いや、そもそもこれは戦闘度胸とは違うのだ。ある意味、戦いかもしれないが。マードックの困り声がきこえてきたが、案内されてきたお客さん≠ヘ問答無用と判断したらしく、俺が行くときこえてきた。マードックが戸惑いの声をかぶせるのもきかず、彼≠ェワルキューレのコックピットに近づいてくる。




「・・・」

『おい、

「・・・」


は応答しない。これではまるで本当にひきこもりだが、まだ、心の準備が。


『逃げるなと、いっただろう』

「う・・・」


そう言われてしまっては開けるわけにはいかず、は感念してハッチを開けた。全身白い中の薄青の双眸がをとらえて、の逃げ場が本当になくなる。イザークはそのまま少し広めのコックピットの中に入ってきて、ハッチを閉じた。


「・・・向こうは、もういいの?」

「あぁ、ラクス・クラインを送り届けて俺の仕事はひとまず終わりだ」

「そっ、か」


コックピットの斜め後ろにおさまったイザークの顔が見られずは下を向いていた。イザークはそんなの頭を包み込むように片腕をまわす。


「・・・お前は、何を抱えているんだ?」


不意につぶやかれた問いに、の瞳が揺れる。息が詰まりそうになる。声が、出ない。


「俺には、話せないことか?」

「・・・」

「俺は、それほどまでに頼りないか?」

「ちがっ・・・!」


それは違う、それだけは誤解しないでほしい。イザークがどうというわけではないのだ。自分が、問題なのだ。揺れる瞳でイザークを見ると、彼は目を細めてを見つめた。


「俺は、お前の力になりたいと思っている。守りたいと、思っている。だが俺は今お前を守ってやれていない。お前を苦しめているものはなんだ?疑心の元はなくなったというのに、何をそんなに苦しんでいるんだ?」

「・・・・・」

「俺は・・・・・」


イザークが一度間を置いた。腕をの肩に下ろして一度目を外し、静かに息を吐いてを再び見つめる。その瞳からは逃れられず、も彼を見つめた。


「俺は、お前のことが好きだ」

「っ」

「守りたい。おまえを苦しめる、全てのものから」

「イザー、ク・・・」


はまっすぐなイザークの瞳から、ゆるゆると視線を落とした。歯を噛み締め、瞳を閉じる。


「ごめ、ん・・・」

「・・・」

「イザークがどうとか、じゃなくて、自分が、自分で、私は幸せになっちゃいけないのに、戦い続けなくちゃいけないのに、こんな私がイザークの隣にいていいわけがないって、思う自分と、イザークの想いに・・・応えたいって、思う自分とが、いて・・・っ。今はどうにもできなくて、整理できなくて、乗り越えられなくて、こんなままじゃ、とてもじゃないけど、イザークと歩くなんて、できなくて・・・っ」

「・・・今は、なんだな?」

「え?」


涙ながらの訴えをきいて、イザークが視線を下げる。の位置からでも表情を見ることができない。イザークはの腕を引いて少し立ち上がらせると、優しくその身体を抱きしめた。


「イザーク・・・?」

「今はまだ、というなら、それこそ俺は待ち続ける。お前の心の整理がつくまで、いつまでも待ってやる。忘れるな、俺は、お前がいいんだ。お前自身が・・・お前だから、俺は好きになったんだ」

「イザーク・・・」

「お前も俺と同じ想いだとおもってくれているなら、俺は前を向いて欲しい。・・・無理にはきかないが、お前が抱えているものを、話してほしい。お前が抱えるものなら、俺も一緒に背負ってやる」

「・・・・・」

「だから、逃げるな、前を見ろ」


ぎゅっと抱きしめる力が強まった。それでもやはり優しい抱擁には涙が溢れ出し、しばらくの間その肩に顔を埋めて泣いていた。



















どのくらいかして落ち着いたを部屋へ送り、イザークはアークエンジェルをあとにした。そして港を出て市内に入ったところで、ラクスと、その護衛についていたキラと遭遇する。しばらくお互いに固まっていたが、不意にラクスがにこりと笑ってイザークに声をかけた。


「ちょうどよかったですわ、ジュール隊長。少し、お話しませんか?」

「話・・・ですか?」

「えぇ・・・の、ことで」


はっ、とイザークとキラがラクスを見つめた。彼女はの親友だ。彼女もまたのことを心配している一人だった。ラクスはキラに先に行くよう言い、キラは心配そうではあったが頷いて歩き出した。キラの背を見送り、ラクスはイザークを呼んだ。少し離れたところの、人のいない場所にふたりが向かい合う。


は何か、負い目を感じているようにも見えます。何かに苦しんでいるように思えます」

「・・・俺もです。今話をしたら、自分を卑下するようなことを言われました。自分はだめだと、幸せになってはいけない、戦い続けなくてはいけない、と」

「戦い続けなくてはいけない・・・そう、そういうことだったのですね・・・」

「何かご存知なのですか?!」


一人納得した様子のラクスに思わずイザークの声が大きくなる。ラクスはきゅっと眉を寄せ、軽く俯いた。


「私は当事者ではなくきいただけの者ですので、私の口から話すことはできません。ですが、あれは決してのせいではなく、また彼女がそれを望みながら生まれてきたわけでもありません。はただただ、優しい人なのです」

「生まれ・・・?」

「はい・・・」


詳しいことは、どうか。そう言われてはラクスを問い詰めることはできず、イザークはやるせない思いを抱えた。


「ですが私も、だからといってをほうっておくことなどできません」


凛とした声にイザークが彼女を見る。ラクスの目はまっすぐ前を見ていた。


には前を向いてもらわなくてはなりません。過去を呪い、苦しむよりも、前を見て、未来を歩いて欲しいのです」

「俺も、同じ思いです」

「はい。ですから私は、に言わなくてはならないことがあるのです」


小さく笑った彼女は細く可愛らしい女性のはずなのに、なぜかとても頼もしく見えた。





















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