ひとときの間
こんな時は癒しだ癒し、とはワルキューレのコックピットに入り込んでアークエンジェルへと通信を繋いだ。
『さん?どうかしたの?』
「ちょっとイラつくことがあったから癒しを求めてと状況把握をね。キラは?」
『それが・・・』
マリューの目線が逸れる。サッとの中で血の気が引いた。
「キラに何かあったの!?」
『無事ではいるわ。けれど、フリーダムはインパルスによって大破させられてしまったの・・・』
「シンが、キラを・・・?」
実力でもフリーダムとインパルスの性能でも、シンがキラに勝るとは思えない。それ以上に強い思いが、執念が、シンの中にあったということだろうか。
「・・・でも無事ならよかったわ。他にかわりごとは?」
『えぇ、今はオーブに向かっているわ。・・・連合の、士官を乗せて』
「なんでまた・・・」
『・・・』
マリューが沈黙する。また何か別の問題があるのだろうかと首をかしげると、モニターに第三者が映りこんだ。
『はぁい、さん』
「あらミリィ。アークエンジェルに戻ったの?」
『あたしも戦わなきゃって思って』
「ミリィ・・・」
『マリューさん、あたしが引き継ぎます』
『ごめんなさい、お願いするわ』
言ってマリューが席をあける。そのままブリッジを出て行ったようだ。
「何が、あったの・・・?」
『実は、キラが大きなMSと戦って・・・それは倒したんだけど、それとは別にいたMSのパイロットを、念の為捕獲しようってなったの。それが、その・・・』
「・・・大きなMSに乗っていたのは、あの三機の?」
『多分、ガイアのパイロット』
「なら、その士官はエグザスのパイロットね」
『知ってるの?』
「宇宙で少しやりあった。ガンバレルを扱えるやつがまだいたなんて・・・って・・・・・え・・・?」
『・・・』
今の話の流れで、は悟ってしまった。ガンバレルを容易に扱うことのできるほどの空間把握能力を持っている連合の人間、肝がすわっていて動じることのあまりないマリューのあの様子。
「まさ、か・・・」
『・・・その士官、ムウさんそっくりなの』
「!」
『というか、同一人物なんじゃないかってほんとに思うくらい。AAに残っていたムウさんのデータとも、完全に一致したし・・・』
は驚きを隠せなかった。先のヤキンでの戦いでAAを守る為に散った、ムウ・ラ・フラガ。マリューとは恋人同士で、とも妙な繋がりのあった人物で。彼が実は生きていて連合に拾われたということだろうか。
『けど問題は、あの人は自分はネオ・ロアノークだって言い張ってるってこと』
「記憶喪失、ってこと?」
『ううん、そしたら、自分がネオって人間だってことを疑い始めるでしょ?そこから前の記憶がないんだから。でも、完全にネオって人間って・・・』
「・・・まさか、ね」
ふと浮かんだのはエクステンデット計画で使用されているらしい記憶操作。奇跡的に生きていて、だが記憶はなくしていて、ならば言いように記憶を植え付けてしまおう、そういったことがなされていてもおかしくはない。
「状況はわかった。ありがとう、ミリィ」
『どういたしまして』
「・・・別件で個人的なこときいてもいい?」
『・・・何?』
あ、悟られた。はミリアリアの温度変化を一瞬にして感じ、乾き笑いを漏らしそうになりながらきいた。
「・・・ディアッカ振ったってほんと?」
『ほんとよ。あいつ、あたしのすることにいちいち文句つけすぎ!自分はザフトにいるくせに、あたしには戦場ジャーナリストなんて危ないからやめろって、意味わかんなくない!?』
「あー、うー、うーん・・・ディアッカ、ミリィを心配してるんだろうから・・・」
『自分のことを棚に上げて心配されるのはいーや!』
ディアッカ、どれだけ口うるさく言ったのだろう。初めて本気になったのだろうし、心配になるのもわかるが、一方的に言うのは逆効果だ。
「と、とにかくまぁ、また落ち着いたらゆっくり話してあげて。私はできれば二人にはうまくいってほしい。ディアッカが初めて本気になった相手だし、ね」
『・・・さんも人のこと言えないくせに』
言われてドキ、と心臓がはねた気がした。
「わ、私はそもそもイザークとそんな間柄じゃ・・・!」
『イザークさんって言ってないけど?』
「う・・・」
やられた。は大きくため息をついて額をおさえた。
『さんもたまには連絡、してあげたらいいんじゃないの?』
「・・・今絶対ザフトもごたごたしてるもの。そう簡単に連絡とれないわよ。こっちは追われる身だし」
『忙しいときこそ、相手の声がききたかったりするものでしょ?』
ミリアリアのこれはおそらくディアッカに対してではない。自らの、数年前の経験からだろう。トールという大切な人を喪った傷は完全に癒えているかどうか、わからない。
「・・・回線つなげられるか、トライはしてみるわ」
『そうね』
「あとは大丈夫?」
『だと思う』
「ありがとう、それじゃ、また。キラにはくれぐれも休むよう言ってちょうだい。フリーダムが無ければそうそう無茶もできないだろうけど」
『わかった』
じゃ、と通信を切る。大きく息を吐いてシートにもたれかかった。一人になって脳裏に浮かぶ、銀の面影。
「・・・・・」
思ったよりしかめっ面にになってしまっているのは気が進まないからか。は以前ハッキングしたボルテールのデータを元に、イザークの回線を索敵した。
探し当ててしまった。しばらく頭を抱えて抵抗していたが、は、意を決してそのボタンを押した。
「・・・」
反応は、無い。任務に出ているからか、誰が知っているのかと思うような個人コードへのアクセスに不信感で出ないのか。とりあえず十数秒待ち、無理かなと諦めてキャンセルを押そうとした。
『な・・・』
不意にもれたであろう声がスピーカーからきこえて顔を上げる。そこには驚き目を瞠ったイザークがいた。仕掛けたもまた、通じた事に唖然としてしまって目を瞬かせている。
『お、まえ・・・』
「・・・何で出るかな、怪しさ満載の個人コードへのアクセスに」
『誰からかと気になるだろう・・・!?』
はぁー、と大きくため息をついて額をおさえる様は間違いなく彼で、は苦笑を浮かべて立てた膝に肘を置き、両手に顎を乗せる。
「・・・忙しい?」
『当たり前だ!お前も観たんだろう、議長の演説を!』
「・・・うん」
『それで、お前はやはり、議長が信じられないというのか』
「・・・うん」
ごめん、これだけは譲れない。胸中で呟いた言葉は彼に通じたのかどうかわからないが、通じたかのように、彼はそれについて追求はしなかった。
『それでお前、今どこにいる?』
「さすがにそれは言えないわよ」
『・・・また危険なことをしているんじゃないだろうな』
「想像にお任せします。大丈夫よ、今回はアンディも一緒だから」
あえてラクスのことは伏せる。イザークがデュランダルのそばにいるラクスに違和感を覚えているかいないかはわからないが、余計な混乱はさせたくないし、念の為だ。少なくとも作戦≠ワでは。
「イザーク」
『・・・なんだ』
何か気に障ることを言ってしまったらしくしかめっ面になったイザークの名を呼ぶ。膝を抱え込んで頭を横にして置き、イザークを見つめた。
「白服、よく似合ってる」
『な・・・』
実は初めて見る彼の白の軍服姿には微笑みを浮かべた。
「赤も似合ってたけど、白は白で凛々しくていいわね」
『・・・』
だからお前はどうしてそういうことを平然と、とイザークは小さく呟いたが、にはきこえていなかった。
『・・・お前はまだそれを着ているんだな』
「え?あぁ、なんかもう慣れちゃって。オーブの軍服が似合わないってのもあるけど」
はザフトの赤服着用だ。かつての仲間では今はアスラン以外は着ていないそれを自分で見る。
「なんていうか・・・やっぱり違うのね」
『何がだ』
「声、きくと」
『・・・・・』
「やっぱあんたの声、安心できるわ。元気出る」
『・・・』
不意にイザークの声が冷静に、先程まで以上に真剣味を帯びて、は顔を上げた。
『二年前、別れ際にお前にしたことは、俺の想いだ』
「・・・・・」
頭に思い出されるのは、別れ際、イザークに頬に口づけされたこと。頭のてっぺん近くが熱くなるのを感じた。
『俺もお前の声がきけてよかった。・・・元気そうな顔を見れてよかった』
「・・・私も」
『この戦いが片付いたら、改めておまえを迎えに行く。今度はきちんと俺の言葉で、全てを伝える。だからお前は逃げるなよ』
「・・・ん」
『それから、お前はまたいつでも無茶しようとするだろうからな。・・・死ぬなよ』
「・・・・・ん」
イザークからの「死ぬな」という言葉。それがあればは生きていられる気がした。きっと、の想いもイザークに向いているのだろう。それを確信することと、自分におもいと、表現する言葉がうまくいかないだけで。
『もう切るぞ、でなければならんからな』
「ごめんね、時間無いときに。イザークも、無事で」
『・・・あぁ』
ぷつっと通信がきれ、モニターが暗くなる。は再び大きく息を吐いてシートにもたれかかり、腕で目元を覆った。だがその口元には笑みが浮かんでおり、の心が洗われたことを表していた。
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