暁の勇士との邂逅
アスランから逃げ、アスランの頬を引っ叩き、アスランに怒鳴りつけてきたは、先ほどのホテル付近へ戻ってきていた。まだ、アスランがフェイスの称号をもってザフトに復隊したということしかわかっていないのだ。アスランへの怒りを抑えつつ、様子を伺う。とそこへ不意に背後から気配があり、の数歩後ろで止まったことに気づいた。悟られたか?このまま何事もなく去るか?そう思案していただったが、背後の人間が先に口を開いた。
「さっき、アスランから逃げた人ですよね?こんなところで、なにを?」
「ッ!!!?」
が驚いたのは、突然声をかけられたことでも、先ほどの者だとばれたことでもない。その声が、よく知った声に酷似していたからであった。もう、生できくことのないと思っていた、声。
「あの・・・?」
彼は距離を保ったまま、反応のないの様子を伺っている。は声を出せぬまま、大きく呼吸を繰り返していた。
(そんなはず、ない。ありえない。大丈夫、大丈夫、振り返っても、大丈夫)
自分に言い聞かせ、深呼吸をひとつ。ゆっくり振り返ると、まず赤が目に入った。そして赤よりも明るい、オレンジ色。それは先ほどアスランたちといた、フェイスの青年だった。の中でストンと何かが落ち、安堵と緊張とが混じり始める。
「・・・なんでも、ありません。少し眺めていただけです」
「眺めていただけ、ですか。アスランはまだ戻っていませんよ?」
「・・・アスランは、もういいです」
我ながらぶさいくな顔をしているに違いない。だがそんなことを気にしている余裕は、残念ながら無かった。
「アスランと喧嘩でもしたのですか?・さん」
「なんでもありま・・・え?」
思わぬ言葉に、は目をぱちくりさせて彼を見た。
「どうして、名前を」
「勘、って言ったら怒りますか?」
「・・・・・」
してやられた。うらめしそうな顔をしたら、小さく笑われた。
「それで、ここで何を?」
「・・・ちょっと、様子見に」
「様子見」
意味ありげな言い方に彼はその言葉を繰り返したが、それ以上はきかなかった。
「俺はハイネといいます。ハイネ・ヴェステンフルス」
「ハイネ、ヴェステンフルス・・・?」
その名前はたしか。
(ミゲルが、憧れていた・・・)
これは偶然なのか運命なのか。まさかミゲルが専用機をカラーリングするきっかけとなった人物が今目の前にいて、尚且つ彼と似た声を持っているとは。
「俺の名前を知っていてくださいましたか」
「・・・親友が、あなたに憧れていたんです。専用機をオレンジ色にカラーリングするくらい」
「へぇ・・・ん?そいつの名は?」
「ミゲル、アイマン、ですが」
「・・・“黄昏の魔弾”、ですか・・・」
「!」
ふむ、とハイネが顎に手を当てたのを見て、は目を瞠った。そして、顔をくしゃりとほころばせる。それを見てハイネもまた「お?」と首をかしげた。
「どうかなさいましたか?」
「あ、いえ、その・・・ミゲルのことを、ご存知なのかと」
「あぁ、クルーゼ隊のエースで俺と同じように専用機をオレンジにカラーリングしてるやつがいるってきいてから、少し調べたんですよ、どんなやつだろうと。会ったことはありませんがね」
「ミゲルは、きっと・・・あなたに知っていてもらえて、喜んでいると思います」
今は亡き
親友を想い、は空を見上げた。それがどういうことを示すのか、ハイネは即座に把握して、話をそらした。
「そういえば、先ほど反応が遅かったようですが」
「あ・・・それは・・・・」
「急に声をかけられて、とも違ったように見えましたが」
「・・・・・声が」
「ん?」
ふっと脳裏に金色が浮かんで目を細める。
「声が、似ていたので驚いたんです。あなたと、ミゲルの声が」
「あー・・・」
しまった、というようにハイネが目をそらした。話を変えたようで変えられていなかったのであった。
「あ、で、でも、大丈夫です。目で確認して、違うってことは、ちゃんとわかっています、が、その、できれば」
「できれば?」
「・・・敬語をやめていただければと。違和感しかなくて仕方ありません」
「は?」
ハイネが間の抜けた声をもらし、そして軽く声を上げて笑った。「え?え?」とが目を丸くする。
「いや、すまん、できるだけしゃべってくれるなと言われたらどうしようかと思った」
「そんな、声が似ているのはあなたのせいではないのですから・・・!」
「俺に敬語で喋るなって言うなら、あんたも無しにしなきゃフェアじゃないぜ?」
名前を呼ばれ、どきんと心臓が跳ねた気がした。こみ上げてきそうなものを必死にこらえ、落ち着かせる。
「・・・そう、ね、うん、わかった。・・・ハイネ」
「よし、それでいい」
満足そうにハイネが頷き笑う。も無意識に笑みを浮かべた。
「は、ザフトへは戻らないのか?」
「戻らないわ」
「きっぱりだな。じゃあ今は、アークエンジェルか」
「・・・耳がはやいのね」
オーブでのできごとをきいたのだろう。フリーダムとカガリとアークエンジェルの話を。
「戦うことに、なるのかねぇ?」
「わからない。あなたたちザフトと、地球軍の動きによるわ」
「ま、そりゃそうか」
「ハイネ、あなたは、どこに?」
所属のことをきかれ、ハイネは少し間を置いた。簡単に話していいことではないが、ふうと息をついて口を開く。
「ミネルバだよ」
「・・・・・そう」
ならばやはり戦うこともあるかもしれない。ミネルバはいま、ザフトの中である意味要注意艦だからだ。
「ひとつの艦にフェイス三人ってのはめんどくさそうだけどな」
「三人・・・ということは、艦長もフェイスになったということね。まぁ、アスランがなったのなら、自然と艦長にも行くか・・・」
「そういうことだな」
やれやれとハイネが苦笑した。そして、すっとホテルの方を見る。つられて目を向けるとそこにはアスランがいて、こちらを凝視していた。
「・・・・・帰るわ」
「その方が良さそうだな。あいつ、言葉が出そうで出ないって顔してやがる」
「アスランに、一言伝言を頼んでもいい?」
「ん?」
直接いえばいいじゃないか、と言われたが、直接話したらまた怒鳴りつけそうで、と目を細めた。そういえばアスランの左頬が少し赤い気がするとひそかにハイネは思った。
「なんだ?」
「“私たちは私たちの思うように動く。それがどこにどう反しているとしても、それは私たちの意思で願いだから、邪魔はさせない”と」
「・・・なんだかすごいな」
「それが私たち、アークエンジェルだから」
まっすぐな瞳がハイネを見つめる。ハイネは「わかった」と頷き、アスランの方へと足を向けた。と思ったら足をとめて、を振り返る。
「本当は」
ハイネの視線がまっすぐをとらえる。は何かと軽く首をかしげた。
「本当は、戦争が終わったときに会いたかったよ、黄金のヴァルキリー殿」
「・・・その名は戦場の名だけど」
「だからこそ、だよ」
そして踵を返し、再び歩を進めた。はある程度その背を見送り、やがてハイネに背を向けて歩き出した。
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