明日を掴み取るために
戦闘離脱が成功し、はAAに戻って一息ついていた。キラが倒れたときき、表情を曇らせる。衝撃的なことがあったあとに、なんだか意味ありげなフレイという少女。肉体的にもだが、精神的にも相当参っているはずだ。そもそもキラは精神訓練など受けたことがないのだ。そばについていてやりたかったが、ムウが動けない今、AAを離れるわけにもいかない。カガリが向かっているとのことだから、カガリに任せることにした。おそらく今自分が行ってもキラを苦しめるだけだから。そう思いながらただ空虚を見つめていると、不意に頬を伝うものがあることに気づいた。
「・・・・・・」
呆然と、拭ったそれを見つめる。嘲笑に似たものが込み上げて、膝を抱え込んだ。
「一人で駄目なのは、私の方、か・・・」
研究所で思い出された幼き日の苦しく辛い記憶。顔を膝に埋めると、滲む視界で胸元にそれが見えて、おもむろに引っ張り出す。袋の上からその丸い珠を転がした。
「・・・イザーク」
無意識に呟く名は、ひとつ下の、プライドの高い、だが根は優しく仲間思いの少年。敵地にいる彼はいま何を思っているのだろうか。やディアッカの思いは届いているだろうか。届いていることを願い、は目を伏せた。
ボアズにて、戦闘が開始された。地球軍月艦隊の攻撃が始まったようだ。ボアズの守りは固いのだが、そこを狙った真意はなんなのか。それは戦いの中ではっきりと知れた。ボアズをおとしたのは、核だった。今再び、核が戦争で使われた。それは最悪の事態だった。クルーゼが渡した鍵というのは、フリーダム、ジャスティス、ワルキューレのデータだったのかもしれない。このままでは核同士の戦いになってしまう。プラントにも核はあるのだから。そして今度の戦地は、ヤキンドゥーエ。
『核を、例えひとつでも、プラントにおとしてはなりません。討たれるいわれなき人々の上に、その光の刃が突き刺されば、それはまた、はてないなみだと憎しみを生むでしょう』
ラクスの言葉に、ユニウスセブンの、血のバレンタインの悲劇が思い出される。何の罪もない農業プラントが、地球軍の核攻撃によって滅ぼされた。あんなことを繰り返してはならない。止めるために、彼らは宇宙へと飛び出す。
『キラ・ヤマト、フリーダム、行きます!』
『アスラン・ザラ、ジャスティス、出る!』
『ムウ・ラ・フラガ、ストライク、出るぞ!』
『ディアッカ・エルスマン、バスター、発進する!』
「・、ワルキューレ、出撃する!」
そして、フリーダムとジャスティスには、ミーティアという特殊装備がつく。試作機であるワルキューレにはないそれは、最強の装備。
『平和を叫びながら、その手に銃をとる・・・それもまた、悪しき選択なのかもしれません。でもどうか、今、この果てない争いの連鎖を、断ち切る力を!』
ラクスの言葉に頷き、彼らは止めるため、出撃した。
ザフト軍と連合軍が立ち回る中、再び核が発射された。そこへ飛び込む、二機の大きな翼。フリーダムとジャスティスのミーティアが、地球軍の核兵器を撃ち落とした。大きな爆発と、第三者の乱入に、戦場が一時停止する。
『地球軍はただちに攻撃を中止してください。あなたがたは、何を討とうとしているのか、本当におわかりですか!?』
ラクスの声は、届くようで、届かない。戦場は再び動きだし、まだ飛び出してくる核を、たちは撃ち落としていく。が、突如ザフトが一定地より退避を始めた。何が始まろうというのか。
『さがれ!ジャスティス!フリーダム!ワルキューレ!ジェネシスが討たれる!』
「イザーク!?」
突然のイザークからの入電。ジェネシスとはなんなのか、問い出す前に、三機は言われた線上から退避した。そして、大きな熱量が、暗き戦場に、大きな禍々しい光となって突き進んでいった。それは触れゆく全てのものを飲み込んで、消し去った。
「こんな・・・」
こんな、命を簡単に消し去るものを、許していいのだろうか。否、許していいはずがない。
『我らが、勇敢なるザフト軍兵士の諸君』
そこに流れてきたのは、パトリック・ザラの声だった。
『傲慢なるナチュラル共の暴挙を、これ以上許してはならない。プラントに向かって放たれた核、これはもはや、戦争ではない。虐殺だ!』
「・・・今ジェネシスで問答無用に吹っ飛ばしたやつがそれを言うのか」
はダンっとコックピットを殴りつけた。
『そのような行為を平然と行うナチュラル共を、もはや、我らは決して許すことはできない!』
地球連合軍が退いていくところへザフトは追い打ちをかける。逃げるものへも容赦なく、切りつけ撃ち抜いていく。それを防ぐために、フリーダムとジャスティスが突っ込んでいった。
『新たなる未来、創世の光は我らと共にある。この光と共に今日という日を、我ら、新たなる人類コーディネイターの、輝きし歴史の、始まりの日とするのだ!』
そして湧き上がる、「ザフトのために」という言葉。パトリックの演説とその声援に、は嫌悪さえ抱いた。
「何が新たなる人類よ・・・何がザフトのためによ・・・、ざけんな!!」
ガンっと殴ったコックピットは、虚しいほどに痛かった。
退避した三隻は補給と整備を急いでいた。地球軍、ザフト軍から放たれた核兵器。これは由々しき事態であった。プラントを撃たせることも、地球を撃たせることもあってはならない。ジェネシスは連射がきかないが本体はフェイズシフト装甲、周りはヤキンドゥーエの防衛線。容易におとせるものではなかった。そしてまた、地球軍艦隊が動き始めた。はワルキューレに乗り込み、大きく深呼吸をした。そして、胸元のそれを袋から取り出した。普段は戦闘時につけることはない。だが、これは大事な戦いだ。お守りがわりにもらったそれを、肌身離さずつけていよう。
「・・・守ってね、イザーク」
みっつある穴をふたつをイザークからもらったピアスに、残りのひとつは、ミゲルからもらったものを。
「・・・守ってね、ミゲル」
ヘルメットをかぶり、再び深呼吸をする。守りたいもののために、守りたい未来のために、この戦いは負けられない。
『ムウ・ラ・フラガ、ストライク、出るぞ!』
『ディアッカ・エルスマン、バスター、発進する!』
「・、ワルキューレ、出撃する!」
『ストライクルージュ、行くぞ!』
『アスラン・ザラ、ジャスティス、出る!』
『キラ・ヤマト、フリーダム、行きます!』
明日のために、みな、命をかけて、明日を生きるために、戦いに出る。そしてすぐに、二射目のジェネシスが発射された。目標点は月面基地だ。発射されたものを防ぐのは不可能だ。月面基地は、あっという間に破壊された。月面基地がやられたとなると、次に狙われるのは、地球。次を撃たせてはいけない。はやく本体を破壊しなければ。だが敵の数が多く、なかなか進めない。その折、ドミニオンがプラントへ転進を始めたとの報が入った。AAがドミニオンを追う。ワルキューレもそれに続き、再び地球軍から放たれた核兵器部隊を撃ち落としていく。“なにか”が弾け、頭の中がクリアになった。プラントを守備している中にデュエルを見つけた。核兵器部隊を護衛していたレイダーからの攻撃を受けている。
「イザーク・・・!」
レイダーがデュエルを撃とうとしたところを、バスターが援護して防いだ。その光景に、思わず笑みが浮かぶ。
「イザーク、私たちは、プラントを守る為にきたわ」
『・・・!』
「プラントを、守りましょう」
『・・・無論だ!!』
次々と放たれる核を、もらすことなく落としていく。ピリ、と頭を奔るものがあったが、そちらに手をかける余裕はなかった。フォビドゥンの攻撃が、カガリの乗ったストライクルージュに向けられた。
「カガリ!!」
背後からの攻撃にカガリの対応が追いつかない。が息を飲んだその時、意外な影がルージュを救った。
「イザーク・・・?」
思わず目を瞬かせただったが、すぐにその口元に笑みを浮かべる。
「カガリ!集中しなさい!」
『っ、わかってる!』
デュエルが、バスターが、フォビドゥンに向かっていく。それを援護するようにワルキューレをはしらせた。フォビドゥンのビームがデュエルのシールドを破壊した。イザーク、と息をのんだ刹那、爆煙からデュエルが、両手にビームソードをもち、フォビドゥンを斬り、貫いた。やがてカラミティもフリーダム、ジャスティスによって両断された。残るはレイダーだ。向かってくる敵を討ち払いながら、レイダーの姿を探す。あらかたの地球軍艦隊をおとしたから、こちら側は大丈夫であろう。フリーダム、ジャスティス、ストライクルージュがジェネシスの破壊へと飛んだ。その後、ドミニオンから脱出艇が出てきた。艦を放棄するつもりだ。だが、ドミニオンはローエングリーンを放ってきた。一瞬の油断か、回避が間に合わない。
「アークエンジェル!!」
直撃する―誰もがそう思った直後、ブリッジの目の前に、機体が飛び出た。白と、青と、赤の機体。
『へへ、やっぱ俺って、不可能を可能に―――』
ストライクの装甲でもさすがに戦艦の主砲は耐えられず、ストライクは、爆散した。
「ムウ・・・さん・・・」
ギリ、と奥歯を噛み締める。そして、AAのローエングリーンが、ドミニオンを貫いた。は大きく息を吸い、大きく吐いた。
「アークエンジェルは待機、被害の消化に当たって!そっちに敵は回さないようにするわ」
『さん・・・!』
答えたのはミリアリアだった。
「問題は、クルーゼ隊長ね・・・」
ムウが喪われた今、彼を相手にできるのは、自分か、キラか。そして頭を奔るもの。
「来た・・・!」
新型MSに搭乗したクルーゼだ。はこれを迎え撃った。バスターが砲撃するが、それは容易にかわされ、そしてそれから放たれたのは、複数の遠隔砲。
「ガンバレル!?」
たしかにクルーゼならあれを扱えよう。だがこれは厄介である。小回りのききにくいバスターではぬぐいきれなかった。
「ディアッカ!」
『ディアッカ!』
とイザークの声が重なる。機体本体はキラの応援でとどまらせられたが、バスターが中破した。あのガンバレルはメビウス・ゼロよりも格段に性能が高い。ミーティアのあるキラにクルーゼを任せるか。
「・・・」
本当は戦わせたくない。だが、も覚悟を決めた。
「バスターをアークエンジェルへ運ぶ!・・・!」
デュエルがバスターを支えたとき、背後からガトリングが放たれてきた。レイダーだ。
「イザーク!ディアッカ!」
正気を失っているかのように無差別に撃つレイダーに容易に近づけない。舌打ちをしたところで、デュエルがバスターのガンランチャーをとってレイダーに向けて放った。レイダーは直撃を食らい、宇宙に消えた。これで驚異となっていたMS三機は討つことができた。あとはジェネシスとクルーゼだ。キラはどうしているだろうかと巡らせると、大きな爆発があった。ドミニオンから出てきた脱出ポッドが、クルーゼによって、撃沈された。
「・・・・・、イザーク、ディアッカをお願い。アークエンジェルへ」
『?』
「私は、キラを追う。まだクルーゼ隊長は生きている。・・・討たなければ」
『・・・・・』
イザークは何も言わなかった。
「アークエンジェル!バスター中破、今からデュエルがバスターと共にそちらに向かうわ。受け入れ準備をお願い。それから、バスターに使うはずだった補給はデュエルに」
『さんは・・・?!』
「前線へ向かう!!」
言い放ち、はワルキューレをはしらせた。
ドミニオンがおち、地球軍はもうほとんど戦力を失っている。それでもなお、戦闘は終わらない。いくら戦っても、終わらない。
「・・・そんなことない。戦いは、終わらせる・・・!」
やがてエターナルとクサナギが見えて来、キラたちも見えてきた。
「キラ・・・!」
ひどい混戦状態だ。加わるのは無理だろう。舌打ちをし、前線を見据えると、ザフト軍が次々出てくるのが見えた。
「何!?」
『ヤキンが放棄されたようです!』
「放棄?でも、ジェネシスは!?」
『わかりません、アスランたちが、まだ・・・!』
ラクスの言葉に、はジェネシスを見据えた。戦闘は終わった。だが、キラとクルーゼの戦いは終わらない。ジェネシスは、止まっていないのだろうか。
「アスラン!?カガリ!?」
『ジャスティスを内部で核爆発させる!』
「なんですって!?」
そんなことをすれば、アスランも。不安がよぎる中、それでも見守るしかなくて、は歯がゆさを抱いていた。やがてキラがクルーゼを討ち、ヤキンの自爆とともに放たれたジェネシスによって消え去った。ジェネシスはジャスティスの自爆により放射はほんの数kmで済み、地球は救われた。宇宙を照らす大きな禍々しい光を、みなが見つめる。決してこの光を、忘れることはないだろう。
「・・・キラ、アスラン、カガリ・・・」
三人は、どうなった。それだけが気がかりだったが、なぜだか動けなかった。やがてきこえてきたアイリーン・カナーバの声を耳にしながら、呆然と、たくさんの残骸が浮かぶ宇宙(そら)を見つめていた。
『宙域のザフト全軍、並びに、地球軍に告げます。現在、プラントは、地球軍、及び、プラント理事国家との停戦協議に向け、準備を始めています。それに伴い、プラント臨時最高評議会は、現宙域において全ての戦闘行為の停止を地球軍に申し入れます』
「・・・終わった、の?」
『・・・あぁ、終わったんだ』
ひとり言に答えたのは、イザークだった。モニターにイザークの顔が映し出され、安堵の息をつく。
「終わった・・・よかった・・・長かった・・・」
『あぁ・・・そうだな』
「イザーク」
『・・・なんだ?』
「生きてるね」
『・・・あぁ・・・俺たちは、生きてる』
「うん・・・生きてる・・・っ」
の目から涙が溢れ出た。何も気にすることはなく、ただ無重力に涙を泳がせた。
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