何か、嫌な予感がした。
沢田綱吉は帰り道、不意にそう感じた。夕陽が照らされる道で立ち止まり、きょろきょろとあたりを見渡す。
(なんだろうこの感じ・・・)
妙な緊張感がはしる。ツナは深呼吸して落ち着こうとしたが、不意に後ろから肩をたたかれ、大きくとび上がった。
「うわあぁぁあ!!!?」
「すっ、すみません!驚かせてしまいましたか!?」
「ごっ、獄寺くん!?」
ツナが振り向くと、そこには獄寺隼人がいた。妙な感じは獄寺だったのかとツナはほっとしたが、それは獄寺の次の言葉で打ち消された。
「10代目、すぐにここを離れましょう!何か嫌な感じがします」
「えぇっ!?気のせいじゃなかったんだ!?」
ツナは身をかたくした。はっと気づいて獄寺がツナの前にでて警戒する。
「俺から離れないでください、10代目」
「え?」
「・・・遅かったようです」
「え!?」
獄寺の視線の先に、ひとつの人影があった。ちょうど夕陽が逆光となってシルエットしかわからない。
「・・・沢田綱吉か?」
「え・・・?」
自分の名を呼ばれ、ツナが首を傾げる。獄寺はその人物の声をきいて目を瞠った。
「な・・・なんでお前がここに・・・」
「なんでって・・・呼ばれたからに決まってる」
「・・・チッ」
「獄寺くん?知ってる人なの?」
獄寺の後ろからツナがひょっこり顔をのぞかせる。顔だけ返してツナを見た獄寺は、なんと言えばいいか、という顔をしていた。
「さぁ、始めようか」
一歩、また一歩とその人影は近づいてくる。ゆらり、と長い髪のひと房が揺れた。近くになってやっと、顔が見える。歳はツナたちとかわらないだろう。中性的でクールな印象。薄く笑みを浮かべ、ツナを見つめた。
「は、始めるって・・・何を?」
「君の力を、試すんだよ」
「力を試す!?それって戦うって事!?」
「他に何が?」
しれっと言ってのけられて、ツナは「ひえぇぇぇっ!!」と声を上げた。だがまた一歩、一歩と近づいてくる。
「てめ・・・っ」
「どいて、隼人。邪魔」
「邪魔ってなぁ!」
「邪魔なんだよ、どけ」
「・・・っ」
冷たく光る深い青の瞳が獄寺をとらえ、獄寺は何も言えなくなった。スッとツナから離れると、ツナが困惑の声をもらす。
「10代目、すみません・・・ご武運を!」
「えええええ!?」
獄寺がさがると、その人物は腰のポーチから三つ折りにされた棒を取り出した。一瞬にしてカコンとはめると、それは一本の棒となる。引き気味のツナに対し、根を構えて戦闘態勢となった。
「ひぃぃぃ・・・!」
「あなたの力を、見させてもらう」
その言葉と同時に、コンクリートを蹴った。バキィという音が響き、ツナの身体が吹っ飛ぶ。獄寺が思わず「10代目!」と声を上げた。
「いっててて・・・」
「打たれ強さはまずまず」
「ひっ!」
「・・・そのビビリが問題かな」
言ってまた構える。
「戦ってよ。でなければあなたの力がわからない」
「そんなこと言ったって!いきなり戦えなんて言われても!」
「・・・そう」
なら、とその棍の向き先が変わる。それは獄寺に向けられた。
「なっ!?」
「ならば隼人を滅多打ちにしてしまおうか。それなら君も本気を出すよね?」
「はっ!?」
「・・・お前に好き勝手やられるほど俺は弱くねぇぜ」
獄寺がダイナマイトを構える。に、と小さく笑みを浮かべて一歩足を踏み出した。
「だっ・・・駄目だ!」
だがツナの声に、その足を止める。ゆっくりと振り向くと、ツナが立ち上がって睨みつけていた。
「なんかよくわかんないけど、俺を狙って来たんだろ!?なら獄寺くんには手を出すな!」
「10代目・・・!」
「・・・」
そのたたずまいに、また笑みを浮かべる。そして獄寺のほうから、ツナのほうへ向きなおった。
「そう来なくては」
「なんでこうなったのかとか、そんなのわかんないし、勝てるかなんて、わかんないけど・・・死ぬ気で倒せば、勝てるかもしれない!!」
直後、ツナの額に炎が灯る。衣服が破れ、パンツ一枚となったツナが、強面でそこに立っていた。
「どりゃああああ!!!」
「死ぬ気弾無しで・・・!?」
死ぬ気モードになったツナが向かってくる。気迫のまったく違うツナに少々戸惑いながらも迎え撃った。ツナのむちゃくちゃな拳をギリギリのところでよけながら、時に棍を繰り出す。ツナの胴を棍が思いきり薙いだ。ツナの身体が吹っ飛ぶ。だがツナはすぐに身体を起こして拳を振りかざした。
「・・・っ」
先程と身体能力までもがまるで違う。これが、死ぬ気の炎の力。
「うぉぉぉぉぉぉ!!!かぁぁぁぁつ!!!」
「!」
一瞬気が逸れてしまった。勢いよく繰り出された拳を避けきれず、頬に強烈な痛みがはしった。吹っ飛ばされたのとツナの死ぬ気モード終了が同時で、ツナは「うわっ!」と言いながら駆け寄った。
「なぐちゃった!!ごめん、大丈夫!?」
いてて、と言いながら身体を起こしたその人物の前にしゃがみ込み、ツナは心配そうな顔を向ける。そこに獄寺も近寄って来ていた。
「ほらよ、これで我慢しろよ」
「あぁ、Grazie」(ありがとう)
獄寺が冷えたペットボトルを渡す。手で押さえていた左頬のそれを当て、ツナの方に姿勢を正して向き直った。
「こんな格好で申し訳ありません」
「え!?い、いや、俺が殴っちゃったんだし・・・!」
「ボンゴレ10代目、沢田綱吉様」
「え!?な、なにを」
「そいつは 。お前のファミリーだぞ、ツナ」
「リ、リボーン!!」
「リボーンさん!」
突然現れたリボーンに、ツナと獄寺は驚きの声を上げた。
「ファミリーって、どういうこと!?」
「リボーンさん、こいつがファミリーってどういうことですか!?」
「まずは人の話しをきけお前ら」
「いって!」
「ふごっ!」
リボーンに殴られ、ツナと獄寺がうずくまる。リボーンに顔を向けて頷きをもらうと、は話し始めた。
「私はボンゴレ10代目ボスの側近となるべく育てられてきたんです。でも、会ったことも無い人にいきなり従えなんて言われても、できるはずがない・・・だから、試させてもらいました」
「そう、なんだ・・・いや、でも俺!マフィアになんてなる気ないし!」
「・・・そう言っても、抗えないんだよ、こればかりは」
「え・・・?」
いつも問答無用で言いくるめてくるリボーンと違い、どこかせつない表情のに、ツナは少々困惑の色を見せた。
「だが私は、隼人のようにあなたを崇拝する気は無い」
「す、崇拝って・・・」
「ボス、と呼んだらいいんだろうけど」
「それはやめて!」
「・・・だろうと思うから、“綱吉”と呼ばせてもらうよ」
「え?あ、う、うん」
あっさりと引きさがられ、ツナは拍子抜けした。
「綱吉も、私のことは“”と呼ぶように」
「え?いや、でも・・・」
「呼べ」
「う、はい・・・」
問答無用の笑顔で、ツナに反論する術はなかった。
「そうだ、側近になるために育てられたって、どういうこと?」
「あぁ、私の家系は代々マフィア関係でね。主にボンゴレの。兄もボンゴレの同盟ファミリーにいる」
「へぇ・・・」
「隼人もまぁ、昔馴染みってやつだ」
な、と声をかけると、獄寺はふんっと顔を背けた。
「さて、目的は果たしたし、そろそろ帰るかな」
立ち上がるに続いてツナも立ち上がる。
「あ・・・顔、ほんとにごめん」
「何言ってんのさ、私も殴り飛ばしているんだから、お互い様だよ」
「そ、それはそうだけど・・・」
「それじゃ、また明日」
言ってはツナたちに背を向けた。の背が遠くなって、ツナがはたと気づく。
「また、明日・・・?」
それは明日、わかることとなる。
―――――
Piacere,decimo
「初めまして、10代目」