翌朝五時。下忍候補第7班の3人は、指定された第三演習場に来ていた。は昨日と同じく遠くから彼らを見守る事にしたが、暗かった景色が陽が昇ってきてもカカシは来ない。というか遅刻確定なのだから、集合時間をもう少し遅くしてもいい気がする。と言っても直さないだろうから、は何も言わない事にしている。そしてだいぶ陽が昇った頃、カカシは悪びれた様子も無くやってきた。そして彼は、ふたつの鈴を取り出す。
(やっぱり、それなのね)
単純な、鈴取り合戦。ただし、人数3人に対し鈴はふたつ。1人は鈴を手に入れる事ができないという仕組みだ。昼までに取れなかった者は丸太にくくりつけられ、昼飯抜きとなる。彼らは朝食を抜いてくるよう言われているはずだから、昼食はなんとしても得たいはずだ。そして丸太行きの者は、失格となる。
(というのが通常。でもカカシには、それ以降がある)
カカシの意図どおりにならなければ、どちらにしても失格となる。それが彼らにできるかが鍵であった。と、不意にナルトがクナイを手にして走り出した。合図の前にということは、カカシが何か挑発する事を言ったのかもしれない。カカシはナルトの行動を読んで先回りし、いとも簡単にいなしてナルトの手首を掴み、そのままそのクナイをナルトの首に当てた。それからようやく、本当の「用意スタート」の合図。3人が散開し、サバイバル演習が開始された。
まずは隠れて気配を消し、様子を伺う。これが忍の基本なのだが、それをぶち破る者が、この場にいた。
「さぁ!いざ尋常に勝負勝負ー!!」
思わずカカシもガクリとなる程、ナルトは堂々と、カカシの前に立っていた。
「えええええ」
おかしい、何かおかしい。も思わず動揺してしまっているが、そんなこと知る由も無く、ナルトはカカシに突っ込んで行く。とそこでカカシがポーチに手を入れると、何か武器を出すと思ったのか、ナルトは間合いに入る前に停止した。
(一応、そこまで向こう見ずではないようね)
そこは少し感心である。ほんの少しだが。
「忍戦術の心得第一、体術を教えてやる」
カカシがそう言ってポーチから取り出したのは、武器でも体術に必要な道具でもなく、1冊の本だった。本のタイトルは、イチャイチャパラダイス。
「・・・・・」
いつ頃だったか、カカシがそのシリーズ本を読むようになったのだ。読んでいるのを目にすると思わず白い眼で見たものだが、まさかこんなところでそれを見る事になろうとは。
(いや、まぁ、手加減にはちょうどいいし、ナルトを怒らせて本気にさせるにもいいとは想う、けど・・・思うけど、よね)
やはり白けてしまうのは致し方が無い。はぁと大きくため息をついて、始まった組手を眺めた。カカシは片手が本が塞がっているのにもかかわわず、軽くナルトをいなしていく。そして、ナルトの背後にしゃがみこみ、寅の印のように手を組んだ。
「・・・まさか」
嫌な予感しかない。が口元を引きつらせていると、サクラがナルトに逃げるよう叫んだ。そしてそれは、起きてしまった。
「木の葉隠れ秘伝、体術奥義!千年殺しぃぃ!!」
「ひぎゃああああ!!」
ナルトの尻にその指が刺さり、ナルトが痛さで飛び上がる。所謂、カンチョーである。
「・・・・・」
はあきれ顔で頭を抱えた。あんなもの、木の葉隠れ秘伝でもなんでもない。だがまぁ、こんな“おふざけ”のようなこともできるようになってきた、ということだろうか。
「いいんだか悪いんだか・・・」
やれやれと思いながら、は引き続き演習を見守った。
川に落ちたナルトをよそに、カカシは再びイチャパラを読み始めた。だがナルトはそこで諦めることなく、水中から手裏剣を放つ。カカシはそれを簡単に指にで受け止めた。ナルトがぜえぜえ言いながら川から這い出てくるが、カカシは気にも留めはしない。こうしていても埒が明かないのだが、何も策が無いのだろうか。と思っていたその時。川の中から、いくつもの影が飛びだしてきた。
「え!?」
それはすべて、ナルトの姿をしていた。忍者の基本、分身の術。だがそれは川から飛び出して来て、濡れている。つまりそれは、実体があることを意味していた。これはただの分身の術ではない。
「多重影分身の術・・・!?」
本来上忍クラスでないと扱う事のできない影分身の術。ナルトは分身の術すらまともにできず成績最下位での卒業だったときいたが、それは単純にチャクラのコントロールがうまくできていなかったからかもしれない。溢れ出しかねないチャクラ量をコントロールするだけの力が、まだないだけなのかもしれない。そう思うと、少し、わくわくしてきた。
「さすが、というところなのかしらね」
7人のナルトがカカシに向かっていくと思ったが、1人足りなかった。その1人はいつの間にかカカシの背後をとり、彼にしがみついて動きを封じていた。こっそり背後から回り込んでいたらしい。残りのナルトがどんどんカカシにしがみついて、残りの1人、おそらく本体が、カカシに向かって拳を振りかざした。だがその振り下ろされた拳は、カカシに届く事はなかった。いつの間にか身代わりにされたナルトの影分身が、ナルトに殴られる。簡単に殴らせてもらえるほどカカシは甘くなかったということだ。そしてナルトは、それはカカシが変化したものだろうと、お互いを殴り仲間割れを始めてしまった。
「あーあ・・・」
状況把握ができず、自分の影分身もわからないのか。「カカシ先生のにおいがするぞ!オヤジのにおいだ!オヤジめ!」と殴り合う彼らを見て、ほんの少し、カカシに同情する。
(ま、まだ20代だし・・・)
オヤジくささはないはずだ。多分。しばし殴り合いが繰り広げられたあと、本体がとりあえず術を解いてみようと提案した。カカシが変化しているのなら2人残るはずだからだ。だが残ったのは1人のみで、すべて実体の影分身のダメージはそのまま本体へと蓄積されてしまい、痛さとむなしさだけが残った。
(ナルトの攻撃を利用しての変わり身の術。ナルトには一気に把握できなかったのかしらねぇ)
まだまだ発展途上とはいえ、先が思いやられる。さらに、地面に転がった鈴に手を出すという、明らかに罠と見える罠に引っかかる始末。宙ぶらりんになったナルトにカカシが説教をしていると、その背後に隙があると見たサスケが、ついに動き始めた。手裏剣とクナイをカカシへ放ちそれはあっさりカカシに刺さったが、それもやはり変わり身であった。
(サスケ、居場所がバレたとわかって急いで移動を始めたわね。どこまで逃げ切れるかな、っと、なんでサクラも動き出しちゃってるんだか・・・)
おそらくサスケを心配しての行動だろうが、余計なものだ。せっかくカカシに居場所を知られていなかったのに、それで知れてしまった。そしてサクラの悲鳴が演習場に響き渡る。サクラは幻術にかけられ、気絶してしまった。
「幻術とは大人げない・・・にしても、どんなの見せたんだか」
トラウマにならないといいけどと若干心配しつつ、だが今の幻術と見抜けないのも少々問題かと、は複雑に想うのであった。
ついに、カカシとサスケが対峙する。ある意味見どころのある戦いだ。サスケがカカシにどれだけ通用するかを見るのが、は楽しみだった。
(いや、まぁ、足元にも及ばないのはわかってるけど)
贔屓目はある、可愛がっている弟分でもある。稽古もつけていた。だがそれでもカカシの実力には遠く及ばない事もよくわかっている。それでも実戦は何が起こるかわからない。だから楽しみなのだ。仕掛けたのはサスケだった。手裏剣やクナイを放ち、カカシがそれらを容易に避ける。だがその中にトラップ発動のものが混じっており、立て続けにクナイがカカシを襲った。そしてカカシがそれらを避けたところへ、サスケが一発蹴りを食らわせる。
「おおっ・・・!?」
カカシは完全にガードしたが、一発は一発。自分の足を掴んだカカシに対し、サスケは身をよじってさらに拳を突き出し、蹴りを放った。受け止めて両手がふさがったカカシの隙を見て、サスケの手が伸びる。チリン、と鈴が鳴った。
「触った・・・!」
カカシが咄嗟に身をひいたため取るまでには至らなかったが、ナルトが触れることすらできなかったそれに、はやくも触れて見せた。さすがのカカシもイチャパラを読む暇が無いと見える。そしてサスケはさらに攻撃を仕掛けた。牛、寅と続く印。
「火遁、豪火球の術!」
うちは一族の得意とする、火遁・豪火球の術。本来下忍ならまだチャクラ量が足らず発動させることができないが、必死に修行してきたサスケはそれに足りていた。
(伊達に稽古つけてないもの)
そこはちょっと自慢で、さすがにほんのわずかに焦りを見せたカカシに、見えてもいないのにはふふんと笑ってみせた。放たれた豪火球の先からカカシは瞬時に退避していたが、はその豪火球の大きさに目を瞠った。
(いつの間にあんなに大きく・・・前はもっと小さかったのに)
成長がはやくて喜ぶべきなのが、はしらせるものを考えるとかなしむべきなのか、複雑なところである。カカシの姿が無くなったことに慌てたサスケは急ぎ辺りを見渡した。上か、右か、左か、後ろか。答えは全て、外れだ。地面から手が突き出て来て、サスケの足を掴んだ。そしてそのまま地面へと引きずり込んで、サスケの身体は首を地上に残して埋められてしまった。
(心中斬首の術・・・残念だったわね、サスケ。でもほんと、下忍候補にしてはレベル高いわよ)
あとはもう磨いて磨いて経験を積んでいくしかない。まだまだこれからの成長に期待、だ。
その後、ナルトが勝手に弁当を食べようとしてカカシに見つかり、サクラはサスケの生首を見て再び気絶。やれやれ、バラバラだ。こんなことではカカシから鈴をとることなんて不可能である。サスケはなんとか自力で抜け出たが、サクラと何か言い合っている。俯きがちで読唇しにくいが、読み取れたのは、「俺は復讐者だ」という言葉。は顔を歪め、サスケを見た。
「サスケ・・・やっぱり怨みは、闇は、深いのね・・・」
この闇だけは拭ってやることができない。復讐なんて、してほしくないというのに。が目を閉じた時、タイミングがいいのか悪いのか、時間切れを知らせるベルが、鳴り響いた。
勝手に弁当を食べようとしたナルトは、丸太にくくりつけられた。3人とも鈴をとることができずに時間切れ。ということは、そろってアカデミーに逆戻りということになる。が、カカシが言い放ったのは、もっと最悪なものだった。
「3人とも・・・忍者をやめろ!」
「え」
合格だと勘違いしたナルトとサクラが、動きを固める。むしろアレで合格だと思った方がすごいと言える。抗議するナルトに、仕掛けるサスケ。サスケはあっさりカカシに組み敷かれてしまった。サスケの頭をカカシが踏んでいる状態だが、は冷静にそれを見ていた。
(当然、ね)
班ごとのチームだというのに、チームワークの欠片も無くバラバラ。ナルトは1人突っ走り、サスケは2人はあてにならないと単独行動、サクラはサスケの心配をするばかり。そんなものでいざ任務なんて、できるはずがない。あっさり無駄死にするのがオチだ。鈴が2つしかないのに3人で協力し合うというのは矛盾しているが、それこそ心理戦だ。それをふまえてチームワークをもって挑めるかも見ているのだ。カカシがサスケから離れ、後ろにある意志に向かっていく。そこにはいくつもの、“英雄”と呼ばれた忍者の名前が彫ってある。ナルトが意気込んで「オレもそこに名前を刻んでやる!英雄英雄!」と吠えるが、そんな安易な、軽いものではない。
「殉職した英雄達だ」
その言葉に、その意味をきいて、ナルトの動きが止まる。そう、これは、任務中に死んだ忍達の慰霊碑だ。
「ここには、俺の親友の名前を刻まれている」
ズキリ、と胸の奥が痛んだ。カカシの遅刻は、毎朝ここに来て、何かを思い、何かを告げているからだ。少しの間が流れ、カカシが3人を見る。もう1度、チャンスを与えると言うのだ。挑戦したい者だけ弁当を食べろ、ただし、ずるをしようとしたナルトには食べさせるな。それが条件だった。これが、第2ポイント。食べさせるな、と言われて素直にそれに従うか。協力し合え、という言葉を思い出し、次こそ協力してとるために弁当をわけあうか。
「さぁて、どうなることやら」
「・・・大丈夫な、気がする」
「勘?」
「勘」
様子見をするためにの方へ来たカカシが、「へぇ、の勘は当たる時は当たるからなぁ」と呟いた。それや当たらない時は当たらないという事だが、果たしてどうなる事やら。様子を見ていると、サスケが、ナルトに弁当を差し出した。
「お?」
サクラが慌てるが、サスケは冷静に「今はあいつの気配はない。昼からは3人で鈴を取りに行く」と言った。の口元に笑みが浮かぶ。案外近くにいるのだが、さすがにまだそこまでは気配が読めないようだ。サスケの言葉をきいて、サクラもナルトに弁当を分け与えた。
「ね?」
「だ、ね」
カカシも少し、目をほころばせる。なんだか、嬉しそうだ。
「いってらっしゃい、“先生”」
「・・・」
が言うと、カカシが目をぱちくりさせて彼女を見た。「な、何」とこぼすと、カカシは「いや・・・」と若干口を濁す。
「・・・先生以外を、“先生”と呼ぶとは、思わなかったからな」
「・・・・・」
完全に、無意識だった。も自分で驚いて目を丸くし、そして笑みをこぼして言った。
「すこしはかわれてるってことなのかもしれないわね。私も・・・あんたも」
「・・・かな。いってくる」
「ん」
カカシの姿が消え、数秒後、ナルト達の前に白煙が立ち込めた。
「おまえらあああ!!」
何という演出か。「ルールを破るとは。覚悟できてるんだろうなぁ」と怒りを込めて言い放ち、わざわざ雷遁の印を組んで3人を焦らせ、怖がらせている。
「うん、かわったよ、あんた」
何か言う事はあるか、という言葉に対し、3人の「スリーマンセルだから」という答え。3人で、ひとつ。カカシが半身かがみ、3人をじっと見た。そして。
「ごぉーかぁく!」
と言い放ったのであった。
「お前らが初めてだ。今までのやつらは俺の言う事をただ素直にきく、ボンクラばかりだったからな」
素直に、弁当を食わせるなと言われたら食べさせなかったやつら。
「忍者は裏の裏を読むべし」
それは忍者の基本である。
「忍者の世界で、ルールや掟を破るやつはクズ扱いさせる。けどなぁ、仲間を大切にしないやつは、それ以上のクズだ」
それはかつての
「これにて演習終わり!全員合格!第7班は、明日より任務開始だぁ!」
第7班、カカシ班の結成である。
「私もカカシも、変われているようです」
空を見上げ、かつての師を思いながら呟く。
「“先生”、見てくれていますか?」
の問いに答えるかのように、一陣の風が吹き抜けた。