魔王の怒り
ユーリが、必死に火球を避けている。ヴォルフラムはそんなユーリに苛立ったのか、炎を狼に変化させ、ユーリに向けて放った。ユーリはそれをあたる寸前でかわすが。
「危ない!」
「・・・ちッ」
炎の狼がまっすぐ突っ込んで行った先にいたのは、回廊を小走りに行く少女。グウェンダルが咄嗟に障壁を張って守ったが、少女は気を失って倒れてしまった。
「・・・これが」
ユーリが静かに口を開く。
「これがお前等の勝負なのかッ!?関係ない女の子を巻き添えにする、これが・・・っ」
ユーリの中で“なにか”が弾け、“気”が変わった。
中庭の上空だけに黒雲が広がり、豪雨が降り始めた。
「・・・ユーリ?」
今のでキレたのは確かだろうが、呼んでも返事がない。ユーリはキレるとマシンガントークを炸裂させるのに、それがない。雰囲気がいつもと全く違う。やがて彼は、その異常な雰囲気のまま口を開いた。
「己の敗北を受け入れず、規律を無視した暴走行為。果てには罪もない少女を巻き込み、それでも貪欲に勝利を欲する」
“キレ”のスイッチの入り方が変わったのだろうか。人格が変わってしまっている。溢れる魔力を感じるから、魔王モードとでも言おうか。口調が役者風・・・というか時代劇風になって、声まで別人のようだ。
「それが真の決闘だというのか!?だとしたらそのような輩を、野放しにしておくわけにはゆかぬ!血を流す事が目的ではないが、やむをえぬ、おぬしを斬るッ」
斬ると言ってもユーリは剣どころか刃のついている物すら持っていない。
「成敗ッ!」
そう、ユーリの武器は剣などではなかった。ユーリの指先から、二匹の、ウォーターブルーの蛇が現れた。なるほど、ユーリの属性は水というわけだ。
「なんというか、こう、あまり王らしくない術形態だな」
「龍とか、獅子とか?・・・水の獅子は微妙か」
「なるほど、魂は本物、というわけか」
グウェンダルは呟く。魂だけでなく、彼自身も認めて欲しいものだが。よくよく見ると蛇の身体に、うっすらと<b>“正義”b>の文字が刻まれているのがわかる。<b>芸が細かいよ、ユーリ。b>二匹の蛇はヴォルフラムに絡みつき、四肢の自由を封じた。
「罪もない娘の命を奪ったおぬしの身勝手さ、断じて許すわけにはゆかぬ」
「いや、多分・・・というか絶対死んでないから」
グウェンダルがギリギリで障壁張ったし。だが小声で言った言葉はユーリにはきこえていなかった。そのままヴォルフラムを蛇で絞めつけようとする。が、その時一人の兵士が嬉しそうに叫んだ。
「おーい!気が付いたぞ。命に別状ないようだ」
「・・・あたし・・・どうして・・・」
誰もがそちらに注目した。ヴォルフラムはこのまま絞め殺される覚悟を決めたらしく頭をうなだれていたが、蛇は急激な蒸発によって姿を消した。へたりと座り込むヴォルフラムに向けてユーリが指を差す。人を指差しちゃいけません。
「ヴォルフラムとやら、以後よくよく改心いたせ!お上にも情けはある」
「な・・・ナサケ?」
自称・お上のユーリは、ふっとスイッチが切れたように、派手な水飛沫を上げて泥水の中にぶっ倒れた。私はユーリのこのキレた状態の事を、“上様モード”と呼ぶことに決めた。
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