不穏な音が鳴り響き





















長かった前置きを終え、晩餐会が始まった。王族でない私と叔父上は、傍に控えて繰り広げられる会話を聞いていた。フィンガーボールだと思ったのかユーリがボールに入ったお酒で手を洗ったり、ツェリ様の前に出されたカエルの姿焼きに驚いたりすること以外は、何事も無いだろうと思われた。しかしグウェンダルとヴォルフラムはユーリの王としての資質を疑ったままで、コンラッドと言い合っていた。そしてついに、ヴォルフラムは言ってはならない事を言ってしまった。


「お前の身体には、半分しか魔族の血が流れていないわけだ。残りの半分は汚らわしい人間の血と肉、どこの馬の骨ともわからない、尻軽な女の血が流れてるんだろう?そんな奴にこの・・・」


ヴォルフラムの言葉は続かなかった。
綺麗な音が響き、ヴォルフラムの左頬が赤く染まる。音が響いた左頬だけでなく、右頬も、目も、額も、赤く染まって行く。
しまった。ユーリの性格は分かっていたはずなのに。いや、ユーリでなくてもあれは怒るけど!


「ユーリ、取り消して、今すぐ取り消して」

「やだね!」

「ユーリ!」

「取り消すつもりも謝るつもりもおれにはねーかんなッ!こいつは言っちゃいけない事を言ったんだ!バカにしようが悪口言おうが、おれのことならかまわねぇよ!だけど他人の母親のことをっ、見たことも会ったこともないくせに尻軽とは何だ!?馬の骨とはどういうこった!?お前のおふくろがそういうふうに言われたら、息子としてどう思う!?ああ、謝んねーかんなっ」


ユーリのマシンガントークがヴォルフラムに向かって炸裂する。いい子なんだけど、これがこの子のいいところなんだけどっ。


「後悔してもいいの!?」

「後悔なんかしねーよ!」

「絶対に、取り消さないとおっしゃるのね?」

「あぁ!」

「ツェリ様!」


ツェリ様は嬉しそうに、胸の前でぱんと手を叩いた。


「すてき、求婚成立ねっ」


その言葉に私はあちゃーっと右手で顔を覆い、ユーリは隣で困惑している。


「きゅうこん?」

「ちなみにチューリップじゃないから」

「て、ことは、ま、さか」

「プロポーズ。結婚を申し込む、ということ」

「けけけ、結婚!?男と男が!?一体いつそうなったわけ!?」

「あんたがヴォルフの左頬に平手打ちした時。言ったでしょ、後悔してもいいのって」

「いっ、言ったけどっ。で、でもッ、男同士だしッ!」


慌てるユーリから目を背け、私は呟いた。


「珍しいことではないから・・・」

「うそぉっ!?」


地球でも海外ではアリなとこもあるでしょ。呟いた後、近くでギュンターが泣いているのが見えた。私としては、結婚相手候補が一人減って嬉しいかなー、って、そんな場合ではない。ヴォルフラムが爆発寸前だ。


「こんな屈辱的なことが許せるもんかッ!」


ヴォルフラムは怒り、卓上を腕で払った。皿やナイフが床に落ちる。これはまさかのまさかな展開で。


「ユーリ、拾っちゃ・・・」

「え?」


遅かった。ユーリは床に転がったナイフを拾ってしまった。


「拾ったな?」


あちゃー再びである。


「拾ったな。よし、時刻は明日の正午だ。武器と方法はおまえに選ばせてやる。なにしろ戦場に出たこともなければ、馬にさえ満足に乗れない腰抜けだからな。せめて得意な武具を使って、死ぬ気でぼくに挑むがいい」


ユーリの得意な武具ってなんだろう。バッドとミット?


「な、なにを?」

「覚悟しておけ、ずたずたにしてやる」


そこまで言って冷酷っぽく笑うと、ヴォルフラムはツェリ様とグウェンダルに、食事の途中で席を立つことを詫びて出て行った。


「な、なに?今のはなに?」

「ユーリはヴォルフラムに決闘を申し込まれて、それを受けてしまったの」

「決闘!?なにが、どうなって!?」

「故意にナイフを落とすのは、決闘を申し込むという無言の行為で、それを向けられた相手が拾うのは、受けて立とうという返事になるのです」


ユーリ派のコンラッドとギュンターがユーリを慰めているが、ユーリは戸惑い慌て混乱している。ツェリ様とグウェンダルは、ほぼ我関せず状態。


「ツェリ様、ヴォルフってここまでキレやすいやつでしたっけ?」

「ここまでではなかったわ。でも、あの子のせいだけではないのよね」

「どういうことです?」


きいたのはグウェンダルだ。私もききたい。ツェリ様が含み笑いを見せた。何か知っているのは確実だ。


「あのねぇ、うふふ、陛下の髪から、あたくしの美香蘭のかおりがしたの。洗髪水に混ぜたのを湯殿に置いたままにしていたのよ」

「美香蘭って、あれですよね。いわゆる媚薬、惚れ薬」

「やぁね、そんなぞんざいな言い方」

「・・・相手が好意を持つ者ならより大胆に、嫌っているならより険悪に・・・ヴォルフラムが逆上するわけだ。母上、そういうことは早めに教えておいてやるべきなのでは」


グウェンダルが呆れたような目でツェリ様を見た。


「あらどぉしてぇ?ヴォルフは怒ってる顔がいちばんかわいいのよー?自分の息子のかわいらしい様子を見たいと思わない母親がいて?」

「・・・いいえ」


ヴォルフラムは確かに“かわいい”顔だけど、怒ってる時が一番かわいいとか、そもそも男なのに“かわいい”というのは、少しかわいそうな気もする。母親ってそういうもん?


「そうだわ!あなたたちも使ってみない?グウェンはと一緒の時か、アニシナと二人の時にでも」

はともかく、アニシナは遠慮しておきます。まだ命が惜しいので・・・」

「私も遠慮しておきます。あまり興味がないので」

「あら、残念」


ユーリも美香蘭なんて使っちゃって、お気の毒に。



















なんとなく眠れなかったから散歩していると、中庭でユーリとコンラッドを発見した。


「こんな夜中にキャッチボール?」

「あぁ!コンラッド、結構スジいいんだぜ、投手の。ノーコンだけど、すっげぇ速いんだ。そういえば、はコンラッドがおれの名付け親って知ってたのか?」

「あ、きいたの?知ってたよ。ユーリの魂を運んだことも、勝馬さんに対しては暗くて無愛想だったくせに、美子さんに対してはスーパーさわやか青年だったってこともね」


コンラッドの方を見てにやにや笑うと、


「やだなぁ、そんなつもりなかったんだけど」


とさらに笑顔で返された。ホント、くえないやつ。


「それ、親父に教えたらなんて言うかな」

「“本当に同一人物か?”とか?」

「“あいつどんだけフェミニストなんだよ!”とか?」

「どんくらい差があったのか気になるんだけど」

「そりゃもうすごく」

「ひどいなぁ」


三人が同時に笑う。


「まぁ、明日はとりあえずがんばって」

「あぁ。受けちゃったからにはやれるだけやるよ」

「そうそう、その意気」


パン、とハイタッチが綺麗にきまる。


「Fight!」


そろそろ寝ようということで、私たちはそれぞれの部屋に戻った。
























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