王のメイとイノチの下
船が突然揺れた。何事かと戸惑っていると、コンラッドが慌てて戻って来て状況を教えてくれる。どうやらこの船は海賊の襲撃を受けたようだ。コンラッドが杖に仕込んでいた剣を抜く。私も荷物の奥底に隠していた剣を手にした。ヴォルフラムも、ベッドの傍らに立てかけていた剣をとる。そしてコンラッドは、私たち三人をクローゼットの中へと押し込んだ。
「コンラッドも早く隠れろよ!」
「なに言ってるんですか。こういう時の為に俺がいるんだ」
「コンラッド、私も・・・!」
「いいや、はここにいてくれ。その方がユーリも安心するだろう」
「・・・わかった」
コンラッドが優しく笑う。
「決して短気を起こさないようにしてください。あなたに万一の事があれば、ギュンターも国民も泣きますからね」
「あんたは?」
即答、いや、即聞きか。きかれた本人は狼狽えることもなく返す。
「俺?」
「泣いてくれるんだろ」
ユーリに万が一のことがあれば。どうするかなんて、一つに決まっている。
「そのときは違う場所で再会してるよ」
えっ、とユーリの動きが一瞬止まる。そのままクローゼットが閉められて、ユーリがこちらを見る。私は薄く笑ってただ、頷いた。
じっと堪えて耳だけ働かせていると、ついに、海賊が部屋に侵入してきた。いざとなれば、この剣を。ユーリはきっと、望まないだろうけど。不意に隣で、小さな物音が立った。慌てたユーリが、人がいるとは思わせないように「にゃーあ」と鳴く。だめ、ユーリ、それは逆効果。
「ゾモサゴリ竜だ!もっと人を呼べ!」
私とヴォルフラムが、同時にがっくりと掌で顔を覆う。外で慌てた声がいくつもしてバタバタと騒がしいのをきいて、ユーリが「え?え?」と目を瞬かせる。
「ユーリ・・・この世界では猫は“めえめえ”なの」
「めえめえは羊だろ!?」
まぁ、私も地球にいったばかりのころは、猫の声をきくたびにびくついてしまっていた。知りあった人たちに「猫苦手なの?」ときかれるくらいには苦労した。
そうしているうちに、クローゼット周りに人が集まって来た。おそらく八人。私とヴォルフラムはしめ合すまでもなく剣を抜く。
「駄目だ、ヴォルフラム、!」
クローゼットが開くと同時に私たちは駆け出した。
「やめろ、、ヴォルフラム!」
「うるさいッ」
「二人とも頼むから!!やめてくれっ・・・命令だ!」
命令と言われては止めざるをえない。私たちは剣を捨てて投降した。
甲板では男、女、こどもにわけられている。私たちは特別室の客ということで親分の前に出された。海賊船の方では、こどもが連れて行かれている。コンラッドは抑えてとジェスチャーしていたけれど、無理だろう。海賊と口論したりユーリがマシンガントークを炸裂したりしていくうちに、やがてユーリが大声を上げた。そして、ベアトリスという少女が船から落ちそうになる。咄嗟に駆け出し、ユーリと私とで少女の腕を掴んだ。
「しっかり・・・ベアトリス・・・手をつかんでっ」
「いいの」
「なにが、いい、の」
「お父さまやお母さまと会えなくなるくらいなら、落ちてもいいの」
「いいわけ、ないでしょ!」
ぐっと力を入れてベアトリスを持ち上げる。駆け寄ったベアトリスの父親に彼女を任せ、私は海賊たちを見据えた。剣は無い。魔術は・・・さすがに厳しいかもしれない。それでも、素手でも、と踏み出そうとしたとき、ユーリに異変が起きた。
「・・・出た」
上様モード、スイッチオン、だ。
「・・・力を持たぬ船に限って襲い、壊し奪うの悪行三昧」
こうなってしまったユーリは、私たちにはどうする事も出来ない。ただ、見守るしか。
「正々堂々、勝負もせず、卑怯な手段で押し込めては、か弱き者まで刃で脅し、己の所有と言いたてる」
堂々としたたたずまい。
「盗人猛々しいとはこのことであるッ!」
そしてユーリ、モデル立ち。
「海に生きる誇りもなくした愚か者どもめ!命を奪う事が本意ではないが、やむをえぬ、おぬしを斬るッ!」
ヴォルフラムが苦い顔になった。ユーリが初めて魔術を使ったあの時を、思い出してしまったようだ。
「ぼくもあれをやられた」
「あれはちょっとねぇ・・・。でも、ここは人間の領域、ユーリに力を貸す要素には限りがあるわ」
「ぼくもそれが気がかりだ」
少しでも魔族に従う粒子がいれば、ユーリは魔王だしなんとかなるだろうけど。斬ると言ったユーリは、実際には剣を使わない。
「成敗ッ!」
ユーリが高らかに叫ぶと、辺りに絶叫が響いた。当たり前だっ、これを見て叫ばない人は普通はいないっ。骨、ほね、ホネッ。骨の集団が海賊たちに襲いかかっている。
「悪趣味・・・こんなのみたことある?」
「・・・無いな」
「ぎゃーこっちくる!コンラート、、来るぞ!?なんとかしろッ」
私だってなんとかしてと叫びたい!
「気が遠くなりそう・・・」
「大丈夫か?」
流石にグロテスクすぎて気持ち悪くて少しよろける。とんっとコンラートが背中を支えてくれた。
「いくらなんでもこれはきついわ・・・」
「あ、『正義』の文字」
「だからなんで漢字読めるの・・・って骨で文字はちょっと・・・」
海賊たちが「悪魔だ!!」と叫んでいる。悪魔ではなく魔王である。
ふと海でなにかが光って、そちらに顔を向けた。あれはもしや、シマロンの巡視船?
ユーリもそれを確認したのか、魔王に相応しい威厳を持って言い放った。
「おのれの行いを悔い、極刑をもって償う覚悟をいたせ!」
ゆっくりとユーリの身体が揺れる。
「・・・追って沙汰を、申し渡す」
ユーリが倒れたけれど、私は口を引きつらせたまますぐには動く事が出来なかった。
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