船旅開始
艦隊を出すと言ってきかないギュンターをどうにかおさえ、私たちは豪華客船の旅に出た。これもまたギュンターが余計な根回しをしたせいで、豪華豪華くらいの上質客船となってしまったけど。ユーリいわく、「甲板走ってみたら12秒くらいだったから、この船は全長100mちょいかな」とのこと。船旅経験は箱根の海賊船とディズニーランドのマーク・トゥエイン号くらいらしく、それって船旅って言えないんじゃレベルである。そんな感じで、ユーリはお金持ちのお坊ちゃん、コンラッドと私はその従者という設定で乗り込んでいる。
「坊ちゃんでいいのかな?」
「やめろよ夏目漱石じゃないんだから」
「じゃあ旦那様と使用人でいきましょうか」
「やだよそんなオッサンみたいな。それよりご隠居とお呼びなさい、カクさんや」
「ゴインキョはもっと年寄りじゃないですか?」
「や、だからなんでそんなに日本の知ってるの。なんで時代劇なんて知ってるの」
「はスケさん?」
「いいけどさ、スケさんで」
人間ごっこを結構楽しんでいるユーリは水戸黄門ごっこをすることに決めたらしい。コンラッドがアメリカのどこで誰から時代劇情報を得たのかが気になる。
まぁそんなこんなしながら割り当てられた部屋に入ると、見慣れた金色がいた。
「なんでヴォルフラムがいんの!?」
いつの間に乗り込んだのだろう。コンラッドにも予想外だったらしくて、やられたという顔をしている。けど、ヴォルフラムって確か、船に弱くなかったっけ?
案の定、船が港を出港すると、ヴォルフラムはトイレに駆け込む羽目となったのだった。
翌朝、朝食を食べに行くために準備をしているユーリの横で、ヴォルフラムはベッドに突っ伏していた。
「船旅だってわかっていたのについてくるからでしょ。自業自得」
「ぼくはただ・・・」
「あーはいはい、ユーリが心配だったんでしょ?大丈夫、ちゃんと見張っとくから」
先回りして密航なんて、よくやるなぁ。自分が船酔いしやすいってわかってるだろうに。今頃ギュンターが、ヴォルフラムがいなくなったことに気づいて大騒ぎしていそうだ。身支度を整えてユーリを見ると、コンラッドにコンタクトレンズを入れてもらっている所だった。漆黒の髪は眞魔国を出る前に赤に染めてある。今度は漆黒の目を隠すために茶色のコンタクトを入れる。私のIN地球バージョンみたいなものだ。ここでは隠す必要ないから何もしないけれど。
「よし、準備完了!、行ける?」
「行けるわよ。でも先に行ってて」
「うん?わかった」
ユーリとコンラッドか部屋から出て行く。出がけにコンラッドがすまなさそうに苦笑した。弟で手を掛けることへの、だろう。
「水飲む?ヴォルフ」
「・・・置いておいてくれ」
水を飲むのもつらいくらいひどいヴォルフラムの船酔いはおさまる様子がない。サイドテーブルに水を置いて私も部屋を出た。ユーリよりもこっちのほうが心配になってくるよ。
俺との叔父上、つまりフォンクライスト卿ギュンターは、ひどく動転していた。彼が魔族でなく人間だったなら、「オーマイゴッド」と叫びそうなくらいに。だが彼はアメリカ人どころか人間でもないので、天を仰いでこう叫んだ。
「陛下!」
開けっぱなしの扉の向こうから聞こえた叫びに何事かと足を止める。俺の隣を歩いていたこの城の主であるグウェンダルが、怪訝そうに部屋に入って行った。俺はその後に続いて部屋へ足を踏み入れる。
「どうかしたんですか?叔父上」
「どうかしたのです!あぁ・・・陛下・・・」
なんか、しばらく会わないうちに人が変わったようだ。グウェンダルも一歩退いてしまっている。
「姿が見えないと思ったら、ヴォルフラムは陛下の後を追ったらしいのです!」
「船旅だよな?」
「船旅だ」
ヴォルフラムは船に弱いはずだが・・・それほどまでにユーリを案じているということか。色んな意味で。
「だがギュンター、ヴォルフラムだって自分の身くらいは自分で守るだろう。足手まといになるとも思えんが」
「邪魔にならないですって!?あのわがままプーが!?」
「わがままプーだと?」
一瞬、沈黙が流れる。グウェンダル、腹が立ったのだろうか。が言っているから初めて聞いたわけではないだろうに。
「・・・実は、私もそう思っていた」
「め、珍しく意見の一致を見ましたね」
どうやら二人とも、口には出さないが思ってはいたらしい。なんて、気にすることなく言っているというのにな。
さすがは、こちらでは美形なユーリ。昼間はお茶や遊びに誘われまくって、あっという間に夜になってしまった。もっとも、危険なわけではないから私はもっぱら傍観者だったけれど。言い寄って来た女性方に怪しまれる視線を向けられたら、「私はただの従者ですのでお気になさらず」と笑ってみせる。するとみなさん気にせずユーリに向き直るというわけだ。ディナーのフルコースが終わると、お次は船上舞踏会。ユーリ共々荷物を広げて衣装の用意をしていたのだけれど・・・。
「・・・・・ドレス?」
私が自分で用意していた男装正装は無く、代わりにドレスが入っていたのだ。
「これは・・・ギュンターがすり替えたのかな」
「冷静に言わないでよ・・・ったくあのバカ叔父・・・」
コンラッドにじと目を向け、ため息をつく。
「いいじゃんドレスで。のドレス姿見たいなー」
「他人事だと思って・・・。ドレスが嫌だから言ってるんでしょ。もういっそのこと軍服で出ようかな・・・」
なぜか、軍服は残っていた。軍服だって、武人にとっては正装だ。
「俺も見たいな、のドレス姿」
「・・・面白がってるでしょ」
薄情なウェラー卿は、たださわやかに笑っただけだった。この男、腹黒さに磨きがかかっている。
「でも仕方がないか・・・なんとかシンプルなのを・・・」
と、取り出したのは、紅色のドレス。ドレスと言ってもヒラヒラフリフリではない。結婚式に招待された時着ていくような、シンプルなものだ。経験ないけれど。男三人によそをむかせ、私はさっさと着替えた。
「もういいよ」
言うと、三人がこっちを向く。ユーリ一人がまじまじと見てきた。
「・・・なに」
「いや・・・なんか、びっくりしちゃってさ。ドレス姿なんて初めて見たし。うん、びっくり」
「ホントはスカート自体好きじゃないのよ。中学三年間の制服が奇跡だったくらい」
ユーリはあまりきいていないようだ。セクハラ一歩手前くらいにしげしげ見てくる。不意に顔を動かすと、コンラッドと目が合った。
「よく、似合ってるよ」
「・・・ありがとう」
なんだか照れくさくてそっぽを向く。コンラッドがユーリに着替えを促した。もうすぐ、舞踏会が始まる。
Created by DreamEditor