戦争回避の為に
戴冠式の途中で姿を消した我が主が、帰って来た。コンラッド、ギュンターと共に迎えに行くけれど、とある場所の入り口で私だけ待つように言われる。つい、と看板を見れば、『男湯』の文字。さすがに駄目かと、大人しく待つことにした。中が騒がしいからすでに到着しているのだろう。しばらくすると、見慣れた学ラン、もどきの黒い服に身を包んだ、双黒の彼がコンラッドらと出てきた。
「おかえり、ユーリ」
声を掛けると、ユーリは小さく笑って「ただいま」と言った。
なぜ風呂だったのかときくと、「村田と銭湯に行ってたから」と返ってくる。その村田があの中学二年間一緒のクラスだった村田健なら、いつの間に仲良くなったのだろうと思う。その後、あれからどうなったのか、また野球を始めた、など他愛のない話をする。ユーリにサインが必要な書類にサインをお願いしたり・・・って、ユーリ、“渋谷有利原宿不利”は違う。原宿不利まで書いてどうするの。だがそんなゆるやかな空気はそう長くは続かなかった。少し前から問題になっている開戦。やはりというか、ユーリは断固として許さなかった。しかしユーリの抗議がききいられるわけもなく、討議はギュンターと、あとから入って来たグウェンダルの二人で進む。ユーリはヴォルフラムに捕まり、コンラッドはその全景を眺めていた。自分がスルーされていることにユーリは気づいているのだろうか。いや、ユーリもやはりそこで大人しくしているわけが無かった。グウェンダルと言い合いになって、絶対平和を貫こうとマシンガントークを炸裂させる。あ、グウェンダルがイラついて無意識に指を動かし始めた。さてどう止めたものかと口を開こうとした時、部屋にノック音が響き、人影が中に入って来た。
「失礼します、陛下、閣下方々」
赤灰のショートヘアにスミレ色の瞳、年の頃はコンラッドと同じくらいの青年。青年はユーリに気づくと深く一礼した。
「お初にお目にかかります、陛下」
「いやぁどうもどうも。で、誰?」
コンラッドが少し笑った気がした。頭を下げた青年もまた笑っていた。
「ヴェル・と申します。以後、お見知りおきを」
「あー、よろしくー、ヴェル、卿、でいいんだよな。・・・ん?ヴェル卿!?」
復唱することで気づいたらしく、ユーリが勢いよくこちらを向く。私はにこりと笑ってあげる。それは肯定を意味する。
「さん・・・」
私の兄であると気づいたユーリが兄さんを凝視した。
「“おかえり”ユーリ陛下。だがどうにも大変なことになっているようだな」
苦笑しながら兄さんが言うと、ユーリの顔が険しくなる。
「おれは戦争なんかしないって言ってるのにさっ」
「例のアレ、見つかったんだろ?あれなら戦争を回避できるんじゃないか?」
「え?」
「・・・確かにその方法もなくはありません」
ギュンターが苦渋の表情を浮かべながら息をつく。なになに、とユーリがギュンターと兄さんの顔を見比べた。
「アレってなに?」
「魔王陛下のみが使えるという伝説の剣」
「メルギブ?」
「モルギフね」
ユーリ、それ結構前のじゃない・・・?まぁいいか。
「なるほど、最終兵器が魔王の許に戻ったと広まれば、周辺の国々も迂闊に我が国に手を出せなくなるな」
ヴォルフラムが素直な感想をのべる。ユーリは隣で「へー」と感心の声を漏らした。
「この策を使うなら、長旅になるな」
「そんな遠いの?」
兄さんの言葉にユーリが首を傾げる。
「ここヴォルテール地方は眞魔国でも東端だからな。シマロンのヴァン・ダー・ヴィーア島までは船で長い」
「ふーん・・・」
「ふーんって他人事みたいだけど、あんたも行くのよ?モルギフは魔王にしか持てないんだから」
「え、まじ?」
「あああそんな何が起ころうとも知れない地に陛下を送り出すなど私にはっ!!」
「わっ、ちょっ、やめろよギュンター!!」
ギュンターが涙とか鼻水とかで汚いままユーリに抱きつく。・・・この人こんな人だったかなぁ・・・なんかこう、もっとしっかりしていたような・・・。
呆れた顔でグウェンダルが部屋から出て行くのが見えた。とりあえずは任せてくれるととっていいのかな。
「じゃあ魔剣モルギフを取りに行くって事で決定ね」
「え、魔剣?聖剣じゃなくて?」
ユーリが驚いた様子で訊き返す。まだ自分が何の王なのか脳に刻み込まれていないようだ。
「陛下、またそのようなお戯れを」
「そうだぞユーリ、聖剣なんて有り難くも何ともないだろう」
「陛下、魔王の持つ剣なんだから・・・」
魔剣に決まってるじゃないですか。
三者三様の言葉からの異口同音。私はユーリの声にならない叫びを聞いた気がした。
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